TopNovelヴィーナス・扉>瓢箪から松ぼっくり・7

それぞれのヴィーナス◇4.5番目の美咲
    ------


 ひんやりと冷たい風、少しだけ明るさを残した日没後の空を背にぽつりぽつりと灯り出す照明たち。キラキラと無駄に存在感をアピールしてるパチンコ屋の電飾を視線の端っこに感じて、結局はシリアスなムードに浸りきれない自分を実感した。

「「……あの……」」

 ふたりが同時に口を開いたから、見事に言葉が重なり合う。本当に、信じられないけど、彼は私のすぐ後ろにいた。しかも「今ちょうど追いついたところ」って感じじゃなくて、……もしかして、私は全然気づかないままに尾行されてたの? それって一体いつから?

 一緒にしゃべり出して、その後に一緒に口をつぐんだものだから、黙って向かい合ったままぼんやりとした時間が流れる。でも私たちが立っているのは通勤時間帯まっただ中にある都会の一角。最寄りの地下鉄の駅に向かって歩いていく肩先が遠慮なくぶつかっては通り過ぎていく。

「ええと、……ちょっと端に寄らない? 俺たち、かなり邪魔になってるみたいだし」

 あと一息その台詞が遅れたら、多分私の方が同じように切り出していただろう。彼の後に続いて、私もシャッターの降りたままになっている元たばこ屋だったらしい軒先へと逃れた。

「「……」」

 そして、再び沈黙。だけど、本当はしゃべりたい気持ちはあるんだよ、お互いに。それなのに……なんて言うのかな、体裁を取り繕うっていうのとはちょっと違うけど、すなわち「いちばんしっくりくる」言葉をふたりして必死で探しているって感じ。何だか次の一言がすごくすごく重要なそんな気がしちゃって。

「……びっくりした」

 ややあって、そう口にしたのは私。そしたら彼の方もすぐに頷いて。

「ああ、俺も」

 これって、多分会話がすれ違っているよな。私は振り返ったら彼がいたことに驚いてるんだけど、彼の方はきっと突然私から電話が掛かってきたことの方を指しているんだと思う。まあ、そんなのどっちでもいいんだけど。

「いつから、なの?」

 私の新たな問いかけに、彼は一度目を見開いてから恥ずかしそうに口端を曲げた。短い言葉だったけど、ちゃんと意味は伝わったよね?

「うーん、五分か……もう少し前から。最初は人違いかと思ったんだけど、やっぱりそうみたいで。すぐに追いつけるかと思ったのに、上手くいかなかった」

 自分の非はあっさり認めてすぐに白旗を揚げる、そんな彼の潔さは好感持てる。下手に取り繕ったりされると興ざめだものね、そのときに一緒に付いてくる照れ笑いもまたいい。
  実のところ、この件に関してはあまり気にしてないんだな。それにきっと、もしも私が彼の立場だったら絶対に同じことしてた。ほとんど、99%その通りって断言できる。

「そうなんだ」

 ああ、言いたいことはもっともっとあるはずなのに、どうしてちゃんとまとまらないの。お互いに頭の中が渦々しているの丸わかりだよ。ええい、突破口はどこにあるの?

「「……ごめん……」」

 ふたりして大きく深呼吸なんてしちゃったりして、でもってまた同じ台詞を口にしちゃったりして。次の瞬間に驚いて視線を合わせて、また無口になる。だけど、今度の沈黙はあまり長くは続かなかった。またも示し合わせたようにお互い顔を上げて、そしたら彼の方がいきなりまくし立ててくる。

「え、ええとっ、ごめんっ! 本当に、ごめんっ! ……俺、嘘付いてました!」

 ―― しばし、呆然。

 と言うか、そんな風に身体を90度に折り曲げて頭を下げられちゃ、注目の的になっちゃうじゃないの。見知らぬおじさんや綺麗なお姉さんが通りすがりにちらちらとこっちを振り返っているわよ。しかもかなり冷たい視線で。
  その状況もかなり気になるわけだけど、それよりさらに気になっちゃってるのが彼が発した言葉たち。うーん、どういうことなの?

「……あの……その。別に嘘付いてたってわけじゃ、そう言うんならむしろ私のが……」

 突然の方向転換に、驚きすぎてさらに気持ちと言葉がバラバラになる。でも彼は、そんな私の必死の努力をあっさりと遮って、さらに言葉を重ねた。

「ちっ、違うんだよっ! そのっ、……その……、芳賀さんは悪くなくてっ! 今回のことは俺が勝手に始めたんだし、だから早いとこ軌道修正しようと思ってたのに出来なくて、それで、……それで」

 ええと、この人って一体何が言いたいのだろう……?

 こっちは今日一日、打ちひしがれたり苛立ったり、すごくすごく大変だった。どうしたらこの気持ちに収拾がつくかって、今の今までギリギリまで考えてたんだよ。最初から「私違うから」って言っちゃえば良かったのかなとか、途中で「違うから、ごめん」って言えたら良かったのにとか。
  だけど、がっかりさせたくなかったんだもの。それに、楽しかったんだもの。勘違いに気づいたことでおしまいになる関係が悲しくて、ついずるずると先延ばしにしちゃった。

 何で謝るの? そっちは、嘘なんてついてないでしょ?

「はっ、芳賀さんがヴィーナスだったら大変だなって、今年の企画がスタートしたって聞いたときは一番先にそう思って、だけど次の瞬間には違ってもいいやから、これ幸いにとにかく突っ込んでみようって思ってたんだ。いや、むしろ違っていてくれて良かった、今は本当にそう思ってる。……ただ、その。そうなると、また最初から仕切り直しってことで……」

 彼はそこで一度言葉を切った。でもすぐにまた口を開く。

「……本当にっ、ごめん! 俺、こんなことでもないと何も出来なくて。だから、反省するっ。しばらく反省して、それからまた出直すから。そのときはまた、ゆっくり考えて欲しいんだ」

 支離滅裂、話の推移が全く分からない。回りくどいの嫌いって最初に言ってたけど、ここまで力任せに押し切られたら全然理解できないよ? それに、一番大切なことをまだ聞いてないじゃない。そこを外してたら、何も始まらないと思うの。

 私がヴィーナスだと思った? そうだったら大変だって、違ってて良かったって思った? でも……だから、それがどうだって言うのよ。

「あの、……ひとつ聞きたいことがあるんだけど」

 話の流れから、このままにしておくと言うだけ言ったあとにどこかに行っちゃいそうな予感がした。でも、それって困る。さらに混乱した頭のままで「しばらく」待つのって辛いんだけど? と言うか、一体彼が何を反省しなくちゃならないのかも全く分からない。

「増川君って、もしかして、私のことを好きだったりする……?」

 違うかな、そうじゃないのかな。

 ただ私がヴィーナス候補だったから優しくしてくれたとか、そういうのかな。ついさっきまで、こうして再び出会うまではずっとそう信じていたけど、何だかそうじゃないみたい。でも、これってただのうぬぼれなのかなあ……?

 そしたら彼、俯いてた顔を上げて。それで、その顔中がまるで漫画みたいに分かりやすくカーッと真っ赤になるの。それから、何を思ったのか慌てて口を手で覆ったりして。

 本当の本当はね、ちゃんとはっきり言葉にして欲しかった。そう言うのって、やっぱ憧れちゃうし。だけど、そこまで望むのは今の彼にとっては酷かな〜って。

 もう十分かも。だから、自分の気持ちを、今一番にいたいことをちゃんと伝えようと思った。まだ若干の不安はあるけど、もういいやって。
  ホッとしたら、急に優しい気持ちまでこみ上げて来ちゃって。今の私、きっと最高の笑顔になってると思う。何だかすごく嬉しいな。ほこっと心まで和んじゃって、最高級に素直になれそう。

「あの……、私の方も昨日はごめん。ええと、それでね? 実は、昨日はあれから必死に部屋の掃除をしたの。自分でもかなり頑張ったと思うんだ。だから―― 」

 うわ、やっぱり一気に言い切るのは無理だったか。もう、滅茶苦茶に恥ずかしいんですけどーっ!

「良かったら、どれくらい綺麗になったかこれから見に来てくれないかな?」

 我ながら、あまりにベタな台詞に鳥肌が立っちゃう。でもまあ、そう何度も使う切り札じゃないからいいか。

「……」

 どこかに少年らしさを残した輪郭が、小さく震える。何だか急に私の方がずっとずっとお姉さんになった気がして、それがちょっと誇らしかった。

 


「で、……つまるところ、それっていつからだったの?」

 不思議とおなかはすいてなかったけど、やっぱり喉がかなり渇いたかな? 何か飲みたいなって思うけど、今は起き上がるのが億劫で駄目だ。もちろん、彼の方も私と同じみたいだよ。それにしてもシングルのベッドはやっぱりふたりで使うには狭いね。

「……っと、その。実は最初から」

 帰り道はお互い無口だった。途中からどちらからともなく手を繋いだりしたけど、そしたら今度はそのぬくもりだけでいっぱいいっぱいになっちゃって。そのうちに重なり合った手のひらが汗でべとべとになったのに、それでも外せないの。
  だからようやく私の部屋に上がったあと、最初にしたことは洗面所と台所のシンクでお互いの手を洗うことよ。どうしたことか彼の方は冷たい水でかなり念入りに洗ったみたいで、その後に私の頬に触れた指先が氷みたいにひんやりしてた。

「最初?」

 思わず伸び上がってその顔を覗き込もうとしたら、すぐにぎゅーっと押さえ込まれてしまう。ずるいよ、そんな。力業で対抗しなくたっていいじゃない。

「うん、最初から。まさかあのときはふたりそろって採用になるとは思ってなかったけど、だからそうだったと知ったときにはマジで運命感じてた」

 えー嘘、全然そんな感じじゃなかったじゃない。それならもっと早く意思表示してくれれば良かったのに。その方がずっとスマートで分かりやすかったと思うよ?

「……運命、かあ……」

 うーん、正直言うとこっちはそんな風には微塵も感じてなかったけど、今となったらどうでもいいか。結果オーライってことで。だって、千の言葉をずらずらと並べて言い訳されるより、もっともっと簡単に互いの気持ちが分かり合える方法があるんだもんね。あー、私もかなりすれてるなあ。もっと純真な気持ちで臨まなくちゃ駄目だったのかも。

「またそんな、他人事のような言い方する」

 自分が押さえ込んだくせに、今度は顎に手を掛けて強引に上向きにさせられる。

「そうやって気のないそぶりをされるから、分からなくなるんじゃないか。頼むから、あまり振り回さないでくれよ」

 身体の相性は悪くない、最初にキスをしたときにそう思った。そして一通りのことをしてそれなりに知り合ったあとに、自分の選択は間違ってなかったって分かる。行き当たりばったりが人生、実際にやってみないと分からないことは本当に多い。もしかしたら、ほとんどの事柄においてそうかもね。

「……あんっ、夕食はいいの? おなかすいちゃうでしょ」

 唇が外れたら、あっという間に第二ラウンド突入って感じなっちゃって、それはいくら何でもって思っちゃう。別に今、出来ない訳じゃないけどね。うーん、いいのか、こんなで。

「いい、今腹はいっぱい。ってより、今夜は芳賀さんを食ってればいいや」

 ぺろぺろって敏感な部分を舐められただけで、何だか自分でもびっくりするような声が出ちゃうよ。けど、その。あっという間に気持ちよくなっちゃうから、その前に言っておかなくちゃならないことがあるような、うん、

「……の、その、いい加減『芳賀さん』っていうの、やめない?」

 盛り上がったところでそう呼ばれるとね、急にふたりの距離がぎゅーんと広がる気がするの。これも単なる思いこみかなあ、そうなのかな。だけど、私も「増川君」って呼んじゃうよなあ。いきなり違う呼び方しようって言われてもすぐには思いつかないわ。

「そうだなあ……」

 手の動きは全然止めてくれなくて、心が半分飛んじゃっているみたいな受け答え。

「これ、終わったらゆっくり考えよう。それでいいだろ?」

 こんなんでいいのかなと思ったり、こんなだから私たちっぽいのかなと思ったり。

 

 誰から見てもはた迷惑なイベントは、突然盛り上がって私を好き勝手に翻弄してくれたけど、結果として上手くいっちゃったりしたからまあいいか。たまには瓢箪から出てくるはずのないものがごろんと飛び出してくるのも悪くない。

  もしも、四年後にまた新しいヴィーナスが誕生することがあったなら、思い切り楽しんで堪能して欲しいな。だって私みたいに勘違いのおこぼれをちょうだいするだけでも結構良かったりしたもの、本物だったらどれくらいすごいんだろうってわくわくしちゃう。ま、本人はそれどころじゃないかもだけど。きっと悪くないよ、そう思う。

 

 だって、人生っていつもそんなものでしょ?

 

おしまい (080414)
ちょこっと、あとがき(別窓) >>

 

2009年4月17日更新

    ------
TopNovelヴィーナス・扉>瓢箪から松ぼっくり・7

 

 

☆ちょっとした感想やご意見はこちらからどうぞ☆

選んでねv
    ひとことどうぞ♪
500字まで・未記入OK (要返信の方はメールフォームへ)