「……わわ……」
――やっぱ、これ、現実じゃないと思う。
だって、その瞬間。
私が抱えた片翼と勝巳の首から下がっていた水晶の鍵が共鳴して、ぱああっと光を放つ。まぶしい、昼間の太陽みたいな明るい光。それに包まれた私たちの身体は、空間にふんわりと浮いた。
そして。
目の前のリルが。両方の翼をなくしたリルが、真っ白な光にぽおっと包み込まれていく。
「え……?」
楕円形の繭型の光が完全にリルを包んで、その姿を隠した。やがて、繭の中から光が漏れてくる。その光の威力に耐えきれなかったのか、繭がボロボロと崩れ落ちた。最後は光の糸になって、輝きの中に溶けていく。
そして光の中に、――天使?
「は〜い、復活っ!」
「ええっ、……リル!?」
「なっ、なんだ! どうしたんだ、お前っ!?」
あろうことか、目の前のリルは私たちに向かってVサインをしている。
そんなことをするふざけた天使が存在すること自体が普通じゃないが、それよりも驚いたのは、リルの背中から、今までよりもよっぽど立派な翼が綺麗に生えていたことだった。
「じゃ〜ん、これで最終試験にめでたくクリアしました! ふたりのお陰でライセンス所得よ、嬉しいわ〜!」
何、このはしゃぎよう。
よっぽど浮かれているらしく、彼女は空間をくるくると旋回した。その動きに合わせて、白い衣と長い金の髪がふわっと広がってあたりに浮遊する。
「やっぱ、見所あったわ、あんたたち。これで私も残りの人生、楽しく暮らせるし〜」
前から思っていたんだけど。リルって天使なのに、美しい可愛らしい外見なのに。言葉づかいは悪いし、どこからどこまで何か変。
「じゃ、ふたりともご苦労でした。戻っていいよ、元の世界に。まあ、この先も末永くお幸せにね〜!」
私たちを包んでいた光が、にわかに風を孕む。目を開けていられないほどの、強い流れに勢いよく押し戻される不思議な感覚。その中で、勝巳の腕の暖かさだけをずっと感じていた。
――見習い天使に縁づけられたカップルはずっと幸せでいられるからね……
最後に、リルの声が私の耳に確か届いた気がした。
……明るい。まぶしいなあ……。
ゆっくりと、瞼を開けた。何とも言えない倦怠感が。たくさん寝たはずなのに、身体が重い。……ああ、これって、夢を見過ぎて疲れたとき特有の感覚だ。
見慣れた天井が目に映る。安っぽい蛍光灯が付けっぱなし。窓から差し込む朝日。
そして、私をしっかりと抱きしめて眠っている勝巳。
ううう、とても嬉しいけど……この腕が重い。こままじゃ、息ができないよ。
私はその腕をそっとどかして起きあがる。そこ広がっていたのは、当たり前の朝の風景。
テーブルの上の料理も昨日のまんま、ついでに壁際に散乱したお皿やオードブルの残骸も放置されたままだった。
「あれ、リル……?」
今までのすべて、夢だったんだろうか?
それにしてはリアルだったよなあ……と思いつつあたりを見渡すと、すぐ側に水晶の天使が転がっていた。私はそれを、そっと拾い上げて確認する。
良かった、どこも壊れていない。気のせいか、前よりも立派になったような気のする翼も背中に二本、ちゃんと生えていた。
「……う〜ん。おはよ、美鈴」
後ろで勝巳がもそもそと起きあがる気配。そして、背中からふわっと抱きしめられた。
「はいはい、おはよう」
首を回して振り返り、短いキス。一度は離れたけど、勝巳はそのあと私の首に腕を回してもう一度、強く吸い付いてきた。
……どうしよ、こんなの久しぶり。背中がぞくぞくしてくる。
そのあと、勝巳は頬から首筋、そして胸元まで順番に唇を這わせてきた。
「駄目っ、……勝巳。今日も……仕事でしょ?」
思わず、うっとり流されそうになってしまったけど、途中でハッと我に返る。そうよそう、ここは現実の世界。私たちには、当たり前の日常が待っているんだよ。
「そうかーっ、……残念だな」
名残惜しそうに身を剥がす彼が、とっても可愛く見えた。こんな風にまじまじと見つめ合ったのって、すごく久しぶりかも知れない。だからね、私からもそっとキスのプレゼント。
その後、そっと無精ひげの頬に手を当てる。……あれ?
「あれって、夢、だったんだよね……」
「――と、いうことは……ふたりで同じ夢を見たってことか?」
呆然としたままのふたりの視線の先。
私の左手、薬指。朝日をいっぱいに浴びて、キラキラ光るリングがちゃんとはまっている。
そんな馬鹿な、あれって夢の中の出来事なんじゃなかったの。そりゃ、確かにちょっとリアルすぎるとは思ったけど――
「ま……、そんなのどっちでもいいか。美鈴、スゲー似合ってるぞ」
勝巳は立ち上がりながらそう言うと、ぷいっと横を向いてしまう。もしかして、照れ隠し? でも耳が真っ赤になってるから、全部バレバレだよ。
嬉しくて、思わずその背中に抱きつきたくなっちゃったけど、それは自粛。これ以上盛り上がっちゃったら、本気でふたりとも仕事にいけなくなりそうだもん。
棚の上に元通りに置いた水晶の天使が、そんな私たちを見守るように優しく微笑でくれている気がした。
おわり (110603)
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