和歌と俳句

飯田龍太

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春すでに高嶺未婚のつばくらめ

春の露四肢に行方の恃まれず

花馬鈴薯に白樺の杭を打つ

いきいきと三月生る雲の奥

満月に目をみひらいて花こぶし

天寒く花の遊べる真夜かな

椋鳥の千羽傾く春の嶺

山つつじ照る只中に田を墾く

藤碧しさめざめと暮れきたるなり

白藤には白きひかりの夕日射し

駐在所も朝かがやけば雀の恋

初蝶やみどり孤ならぬ麦畑

きんぽうげ川波霧を押し開く

つばくろの甘語十字に雲の信濃

夏川のみどりはしりて林檎の国

南風に寐も歌声も夏若く

鉄塔の白きを綴り国青し

山の娘の交語みどりを滴らす

炎天をいただく嶺の遠き数

炎天の谿深く舞ふ一葉あり

炎天に樹樹押しのぼるごとくなり

湯に仰ぎみる日盛りの翼あり

夏山と一壁額と照し合ふ

夏花の覚めしいのちに暁鴉

群燕にあかつきの灯のしのびやか

白樺の雨につばめの巣がにほふ

女らの肌みのりて山の出湯

樺の梢遠山かけて梅雨の絲

朝の歌声白樺を透き谿に消ゆ

梅雨の間や高原ホテル児ら飛び出す

涼風のはげしきゆゑに嬰を返す

谿近き屋後父情の夕ながし

蛍火や箸さらさらと女の刻

海にゆく手を日盛りの窓に出す

炎天の巌の裸子やはらかし

富異へども戸戸の空夏来る

花桐に一語を分ち愛の旅

炎天の影ことごとく路に持す

遠き芥子近きも朱の異ならず

友に嬰児青桃果下を地平とし

夏富士のひえびえとして夜をながす

暁の梅雨ふりわけひびきこころもまた

夏山の裳に雲影の一部落

炎天や力のほかに美醜なし

嶺青し地平は同じ炎暑のなか

友の寐にみどりしたたる夏暁かな

夏親し若きは谿のどこに居ても

すずめらに青波しぶき茄子畑

百姓のいのちの水のひややかに

麦蒔くや嶺の秋雪を審きとし

鰯雲「馬鹿」も畑の餉に居たり

青竹が熟柿のどれにでも届く

老無慚陽と秋雪と眸に生きて

句を選みゐる秋風のうしろ髪

子のかずに秋あたたかき開拓地

草露や戦禍のいかりさへいまは

のぼりつめたる栗の木の夫をみる

露の尾根夜をいただきて遠ざかる

山河はや冬かがやきて位に即けり

隼の鋭き智慧に冬青し

初霞して鵙の胸野をてらす

親族ら佇つ雪天の責ふかし

百姓の愚に清浄の冬山河

百姓の冬の洗面大きな音

風邪ごこちして追憶にどつと冬

冬ふかむ父情の深みゆくごとく

金持ばなし又湧く冬のきたるなり

バスに座す農婦に冬のひろびろと

暖冬の半月にして野に澄めり

亡きものはなし冬の星鎖をなせど

園児らに近目遠目の寒雀

熟柿いくつも食ふ百姓の冬深し

リヤカーの病者に冬日遍照す

霧きえて鍬強くなる冬田の畔

麦蒔くや手近なちゑに肥えしもの

雪片蔭ふかき泉の満を持す

落葉して幾条ひびく終電車

山の手の富に照る陽と冬かもめ

強霜の富士や力を裾までも

新米といふよろこびのかすかなり

寒鴉清潔に鳴きわかれゆく

朝日さす冬靄中の火の蕊に

英語コンテスト窓はるかなる日本の雪

冬鳶の翼の下の日曜日

冬空の鴉いよいよ大きくなる

苺畑青きのそ家も冬深く

鳴くかもめ陽の幸は冬樹にも

その日ただ海の冬日と思ひしのみ

雪の襞生死もあらず野に垂れて

山の雪灯にめぐまれて新婚

古る嶺もふるき泉も雪ふれり

大寒の雲に真近く栖みゐたり