和歌と俳句

飯田龍太

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大寒の一戸もかくれなき故郷

冬の村無韻の水瀬つらぬきて

耳そばだてて雪原を遠く見る

外套の奥の喪服に凍徹る

喪主の娘に花期の近づく温床胡瓜

雪の家の死者にひびきて薪割る音

雪の死顔世にけんらんと娘を遺し

冬川の生身ながるる新市街

棺つくる音を霜解にひびかせて

幹たかく葬後深雪の夕ながし

白昼の一路を距つ雪の川

昼間会ふ農婦の顔のひろし

雪の峯しづかに春ののぼりゆく

鷄鳴いて梅はつぼみの精米所

竹林の月の奥より二月来る

春昼の卓に給仕のいのち舞ひ

黒服の春暑き列上野出づ

子も濯ぐ川波花の日曜日

岩々の肥えかがやきて春の水

濠の禽と兵にあらざる冬日の民

春月に髪も腕も滴らす

春深みゐて人の家は容易く建つ

窓遠き逗子や炭屋に垂れて

渓川の身を揺りて夏来るなり

高原の草深き行四十人

春暁のあまたの瀬音村を出づ

夕焼けて夏到らざる嶺とてなし

みづうみに出でし園児に松の蝉

戦禍まぼろし野を透く夜の閑古鳥

盆の月畑に鼬と男女出る

信濃路の夏奏楽も雲深く

樺の雲嶺をみたさんと溢れ出づ

夏月に一星そひて嶺に果つ

花栗に一川の澄み二川の濁

学生の寝こんこんと峯青し

炎天の嶺も刑窓も奥深し

ペンの金木立に遠く涼意みつ

すでに爽か手の山草の音たてて

樺夕焼廚鳴るはわがための餉か

草の穂の日筋虚しき一碑面

蝶むるる軒桃色の叢花のみ

夏鶯の悲願の遠音あるばかり

子燕につよきひかりの幹あまた

外厠ゆきき鼻歌夏の乙女

つばめきらりと皇族写真色褪せたり

群燕の背の白玉と夕煙り

少女の声和して胡桃の闇をとぶ

刑窓と大路と距て秋の風

秋の雲十日会はねば顔強し

露の楽夜風に泉汲みをれば

満目の秋到らんと音絶えし

罪の像朝より暑き新聞紙

老婆ゐて秋日と風の三等車

秋潮に青深くたつ島一個

珊瑚樹下俳一族に水着過ぐ

秋の旅住む地を求めゆくごとく

灯の下の波がひらりと夜の秋

病誓子いかに青嶺の雲暑し

児の顔の秋さまざまの幼稚園

父病むや家内片面に秋日さし

秋の空わが身に夜の匂ひなく

秋空と翳ふかくなる娼婦のみ