和歌と俳句

飯田龍太

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病み萎えてはセルともつかずとも

蛍火や松十方に暑を岐つ

夕焼けて遠山雲の意にそへり

蛍火や少年の肌湯の中に

熱の児の手の夏みかんころげ出す

青柿の一枝の富に鬩ぎ合ひ

梅雨の月べつとりとある村の情

郭公や露地に西日の旅ごころ

輝る星のはなればなれに暑を離る

炎暑このしづけさ雀鳴くさへも

黴の宿身にしたひ寄るミシンの音

肌遠き湯の女らに閑古鳥

白樺の夜に入る翳も高みより

雷嗄れて青嶺ばかりの夕煙り

翡翠に梅雨月ひかりはじめけり

夏鶯こゑの貫く睡たき天

夏暁の湯の灯に遠き船の旅

牛も無限のかず夏旅もいつか果つ

秋嶽ののび極まりてとどまれり

大木の肌も真昼やきりぎりす

ひややかに夜は地をおくり鰯雲

ひぐらしの打振る鈴の善意かな

露草も露のちからの花ひらく

満月を賞で村長をよろこばす

もろこしを折る音にひびく至福かな

草木瓜の歯型にほひて月稚く

みのるひかりと幾家のいのちことなれり

栗打つや近隣の空歪みたり

鰯雲日かげは水の音迅く

秋耕音なしただ汗の背と鴉の黒

妻の秋梢かたむく青南瓜

の村にくみて濁りなかりけり

百姓が知りはじめたる秋の風

抱く嬰に朝日わが瞳にはの村

露の村いきてかがやく曼殊沙華

百姓に翳の想ひや秋しぐれ

天つつぬけに木犀と豚にほふ

秋燕に満目懈怠なかりけり

秋雪や孤児も乞食も野にあらず

駒ヶ嶽秋の総体透きてみゆ

ひややかに河上下を日の中に

陽の谷に屋根よりを滴らす

ひぐらしの幹のひびきの悲願かな

綺羅の灯も卍なすこころの音

露の夜の真澄みに男ごころかな

曲の波良夜をさそひいたらずや

月の坂こころ遊ばせゐたるなり

夜をはなれゆく麦の芽と初鴉

ふるさとの山は愚かや粉雪の中

さむざむと地の喪へる夕鴉

雪山に朝の樫の木さかんなり

春めくと簷ふかく住み古る灯なり