和歌と俳句

黴 かび

としよりの咀嚼つづくや黴の家 誓子

黴る日々不安を孤独と詐称して 草田男

黴の宿よぢれて燃ゆる生命の火 草田男

ゼンマイは椅子のはらわた黴の宿 青邨

ワルツやみ瓢箪光る黴の家 三鬼

黴の家泥酔漢が泣き出だす 三鬼

黴の家去るや濡れたる靴をはき 三鬼

黴の中肋痛む音をしのびあぐ 波郷

厚板の帯の黴より過去けぶる 多佳子

かび拭いて即ち書くや小短冊 立子

黴の中言葉となればもう古し 楸邨

徐ろに黴がはびこるけはひあり たかし

主婦病みてかびはいよいよはげしかり 波津女

黴あをし財吝しむもの愛をさへ 蛇笏

懐紙もてバイブルの黴ぬぐふとは 蛇笏

かびの香やくちびる沈むひげの中 草城

黴の宿身にしたひ寄るミシンの音 龍太

白き巳の絵馬を重ねて黴の壁 青畝

聖書に咲く黄黴青黴虚構ならず 静塔

乳児の声黴の中よりほとばしる 楸邨

黴に読みゆきつひにモーゼは荒野に死ぬ 楸邨

山寺に仏も我も黴びにけり 虚子

黴臭な夜の壁かげに圧されけり 亞浪

踏みゆらぐものに厨子あり黴の宿 爽雨

光る針縫いただよえり黴の家 三鬼

黴の家振子がうごき人うごく 三鬼

貧窮問答為ずとも黴の土間過ぐれば 草田男

モナリザは夜も眠らず黴の花 三鬼

春画に吹く煙草のけむり黴の家 三鬼

猫一族の音なき出入り黴の家 三鬼

尊きかも竜馬山房に黴びし墨 波郷

黴びたまひ何抱く石のマリア像 秋櫻子