和歌と俳句

西東三鬼

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燕の巣いそがしデスマスクの埃

春画に吹く煙草のけむりの家

岩沈むほかなし梅雨の女浪満ち

犬も唸るあまり平らの梅雨の海

畑に光る露出玉葱生き延びよと

言葉要らぬ麦扱母子影重ね

麦ぼこり母に息子の臍深し

麦殻の柱並み立て今も小作

の輪老婆眼さだめ口むすび

炎天の「考える人」火の熱さ

黒雲から風髪切虫鳴かす猫

全き別離笛ひりひりと夏天の鳶

海溝の魚に手触れて泡叫ぶ

蟹死にて仰向く海の底の墓

沖に群れ鳴る雷浜に花火会

逃げ出す小鳥も銜える猫も晩夏一家

山鳩のくごもる唄に迫る

朝草の籠負い皺の手の長さ

鳴いて万の火花のしんの闇

蠅と遊ぶ石の唐獅子磯祭

棒に集る雲の綿菓子秋祭

波なき夜祭芝居は人を斬る

汗舐めて十九世紀の母乳の香

象みずから青草かづき人を見る

ゴリラ留守の炎天太きゴムタイヤ

死火山の美貌あきらか蚊帳透きて

秋満ちて脱皮一片大榎

露の草噛む猫ひろき地の隅に

昔々墓より墓へもぐらの路

白濁は泉より出で天高し

秋の蜂群がり土蔵亀裂せり

女の顔蜘蛛の巣破り秋の森

学僧も架くる陸稲も蒼白し

実となりし蔓ばら遺愛の猫痩せて

死霊棲みひくひく秋の枝蛙

美女病みて水族館の鱶に笑む

新しき今日の噴水指あたたか

乾き並ぶ鯨の巨根秋の風

水漬くテープ月下地上の若者さらば

露の航ペンキ厚くて女多し

力士の臍眠りて深しの航

松山平らか歩きつつ食う柿いちじく

秋日ふんだん伊予の鶏声たくさん

あたたかし金魚病むは予志の一大事

赤き青き生姜菓子売る秋の暮

高し刻み引き裂き点うつ百舌鳥

切れぬ山脈柿色の地に触れて

小屋ありて爺婆ひそむ秋の暮

みどり子が奥深きの鏡舐め

文鳥の純白の老母のもの

旅ここまで月光に乾くヒトデあり