和歌と俳句

西東三鬼

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婆手打つげんげ田あれば河あれば

ひげの鯉に噴出烈し五月の水

溝川に砂鉄きらめき五月来ぬ

青梅びつしり女と女手をつなぎ

初蝉の唄絶えしまま羊歯の国

熊ん蜂狂い藤房明日は果つ

峡畑に寸の農婦となり耕す

風青し古ふぐひすの歎きぶし

つつじ赤く白くて鳶の恋高し

初蝉や松を愛して雷死にし

椎匂う強烈な闇誰かを抱く

臀丸く葱坊主よりよるべなし

子が育つ青蔦ひたと葉を重ね

薔薇の家犬が先ず死に老女死す

薔薇の家かつら外れし老女の死

飛ぶものは白くて強し柳絮と蝶

青野に吹く鹿寄せ喇叭貸し給え

突き上げて仔鹿乳呑む緑の森

乳房吸う仔鹿せせらぎ吸う母鹿

幼き声々大仏殿にこもる五月

遠足隊わめき五月の森とび出す

薬師寺の尻切れとかげ水飲むよ

白砂眩し盲鑑真は奥の奥に

出水後の日へ赤き蟹双眼立て

子供の笛とろとろ炎天死の眠

日本の笑顔海にびつしり低空飛行

岩あれば濡れて原色の男女あり

岩礁の裸女よ血の一滴を舐め

飴ふくみ火山の方へ泳ぎ出す

魚ひそみ乳房あらはれ岩の島

流燈の夜も顔つけて印刻む

花火滅亡す七星ひややかに

遠雲の雷火に呼ばれ流燈達

流燈の列消しすすみ死の黒船

流燈の天愚かなる大花火

流燈の列へ拡声器の濁み声

呼吸合う五月の闇の燈台光

船尾より日出で船首に五月の闇

万緑の上のゴンドラ昇天せよ

攻める濃緑の中鶏鳴けり

城古び五月の孔雀身がかゆし

天守閣の四望に四大黄麦原

麦刈りやハモニカへ幼女の肺活量