和歌と俳句

西東三鬼

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昭和36年

かかる仕事冬浜の砂俵に詰め

冬日あり老盲漁夫の棒ぎれ杖

沖まで冬双肩高き岩の鳶

応えなき冬浜の砂貧漁夫

老婆来て魚の血流ず冬の湾

冬霧の鉛の浜に日本の子等

駄犬駄人冬日わかちて浜に臥す

冬浜に死を嗅ぎつけて掘る犬か

北風ふけば砂粒うごく失語の浜

広島漬菜まつさおなるに戦慄す

死の階は夜が一段落葉降る

みつめられ汚る裸婦像暖房に

冬眠の畑土撫でて人も眠げ

霜ひびき犬の死神犬に来し

木の実添え犬の埋葬木に化れと

吹雪を行く呼吸の孔を二つ開け

霜焼けの薔薇の蕾は噛みて呑む

元日の猫に幹ありよじ登る

元日の地に書く文字鳩ついばむ

けもの裂き魚裂き寒の地を流す

姉呼んで馳ける弟麦の針芽

寒の空半分黄色働く唄

実に直線寒山のトンネルは

死の軽さ小鳥の骸手より穴へ

大寒の炎え雲仰ぎ亀乾く

折鶴千羽寒夜飛び去る少女の死

霰降り夜も降り顔を笑わしむ

鳶の輪の上に鳶の輪冬に倦く

月あゆみ氷柱の国に人は死す

寒の眉下大粒なみだ湧く泉

落ちしところが鴎の墓場寒き砂

死にてからび羽毛吹かるる冬鴎

岩海苔の笊を貴重に礁跳ぶ

うぐいすや引潮川の水速く

豆腐屋の笛に長鳴き犬の

大干潟小粒の牡蠣を割り啜る

美男美女に異常乾燥期の園

枯芝を焼きたくて焼くてのひらほど

少年を枝にとまらせ春待つ木

飛行機よ薔薇の木に薔薇の芽うずき

サボテン愛す春暁のミサ修し来て

喇叭高鳴らせ温室の大サボテン

蘭の花幽かに揺れて人に見す

卒業の大靴ずかと青荒地

かげろうに消防車解体中も赤

老婆出て霞む百穴ただ見つむ

古代墳墓暗し古代のすみれ揺れ

百穴に百の顔ありて復活祭

声のみの雲雀の天へ光る沼

春田深々刺して農夫を待てる鍬