和歌と俳句

石田波郷

正月の髷一高を出で来たる

元日殺生石のにほひかな

元日の顔洗ひをり不寝番

病室に元日の雨の傘をつく

元日の夜の妻の手のかなしさよ

羽子落ちて木場の漣あそびをり

初鴎ころびし子起つためらはず

年明くとベ ッドに凭りて足袋はけり

獅子舞の胸紅く運河渡るなり

春着着る子の遙けさよ熱の中

橋の上の獅子舞は波を見つつ行けり

元日や煙突よぎる鴎どり

木場の端いくつ越え来ぬ松の内

初夢もなき軒雀こぼれけり

若菜野や八つ谷原の長命寺

平凡に五十頭上の初雀

妻の座の日向ありけり福寿草

楪や厭ふべきものはひた厭へ

福藁にあふれて女流はなやぎ来

喜雨亭に賜びし年酒の酔ぞこれ

追羽子や森の尾長は森を翔び

福藁や樹紋飾りし古椿

元日や道を踏みくる鳩一羽

年酒の酔頭を深く垂れにけり

鏡餅荒山風に任せあり

初富士や蜜柑ちりばめ蜜柑山

傾ける日は爛々と飾り舟

夜咄に三日の酒のはてしなし

初春の山の地蔵となられけり

口籠りりに椿の鳩や読初め

橙や病みて果せぬ旅一つ

御降りの病院の道林貫く

御降りやややはなやぎて見舞妻

初夢の老師巨きく立たせけり

春着して十年患者とは見えず

元日の日があたりをり土不踏

命継ぐ深息しては去年今年

初鴉石鎚のある方なれど

松風や初荷車の楽過ぎて

書初の弱筆はすぐなげうちぬ

一門の女礼者や屋にあふれ

初烏望遠鏡は許しをり

書初の墨を磨るらんとして熄みぬ

青松の樹齢加へぬ病む吾も

元日の夜の注射も了りけり

初冨士は見ず裏窓に秩父ヶ嶺