和歌と俳句

石田波郷

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音も無きをつぶす雷の下

朝の虹ひとり仰げる新樹かな

虹たつやとりどり熟れしトマト園

翡翠や露の青空映りそむ

昼顔のほとりによべの渚あり

日覆や湯槽の潮未だ沸かず

ウインドを並び展けゐて夏めきぬ

プラタナス夜もみどりなる夏は来ぬ

昼顔に独りのわれは泳がなく

穂麦の野川ゆき川の水やさし

噴水のしぶけり四方に風の街

ビル街は空地の犬のひるね時

熱帯魚みなしづかなり値たかく

寝し町の涼しさ尽きず月光り

田植どき夜は月かげ田をわたり

月青し早乙女ら来て海に入り

のとぶ線落葉松限りなくあをし

落葉松に雲ゆき径を蛇ゆけり

昆虫展並樹の青のかげ来ずや

中学生わかし蛾族を花とみぬ

兜虫漆黒なり吾汗ばめる

昆虫類あまねくみたり指をみる

図譜買へば昆虫界に銭の音

汗の耳靴曳く音をきくのみなり

描きて赤きの巴里をかなしめる

画廊守うつむけりを白皙に

窓は灼け額ぞ堆き室を見たり

路地狭く隣家の蚊帳に胸裸あり

川臭き昼餐夏痩はじまりぬ

片影やひとみごもりて市の裡

日覆に少女は水を滝なさしめ

冷房の鏡中にわがすわりたり

坂の上たそがれ長き五月憂し

夜風入る灯を高く吊れば夏めきぬ

ひとの家に頽れたりし芥子を思ひ寝る

日出前五月のポスト町に町に

高層の窓に百合挿せり五月尽

頸あをき少年と対す百合の前

ひとり居る端居の影が路地に落つ

ひとの家に朝日があつし嗽

少年に蛾のつきまとひ避暑の家

ひととゐて落暉栄あり避暑期去る

青林檎ひとの夏痩きはまりぬ

萩青き四谷見附に何故か佇つ

首夏の家英霊還り電車より見られ

首夏の家朝に深夜に貨車轟き

しつつ菓子食へり人をもてなすと

しつつ大いに笑ひ汗垂れたり

梅雨はげし右も左も寝てしまふ

梅雨の門傘を掴みて立ち出づる

梅雨の街あはれ出水のなつかしき

喜劇みしを拭きつつ言無かり

駒場町長梅雨坂を樹を奔る

梅雨の町向日葵がくと坂に垂れ

小劇場かんかん帽を抱く一刻

袴暑し金を集めて街ゆけば

夜も汗し独り袴を敷いて寝る

夜涼の坂英霊車来る如何にせん

兄妹に蚊香は一夜渦巻けり

旧山河東京の辺の暑き夜に

の朝愛憎は悉く我に還る

蝉の朝軒つづきなる人の瞳

百日紅ごくごく水を呑むばかり

髪結ひが子を抱きはしる大旱

倒れたる夜の向日葵酔眼に

独り見つつ椎の若葉をうべなへり

初鰹ひとの母子を身の辺