和歌と俳句

石田波郷

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桐の花昼餉了るや憂かりけり

垂れて鳶を聞くなり松隠れ

別れ来て対ふ声なき扇風器

夏も徂く麻布の空の晩鴉かな

女来と帯纏き出づる百日紅

椎若葉坂にもあへぎ訪ね来しか

桐の花爆音山の湯にも飛び

爆音や桐は花散り赭の殻

椎若葉一重瞼を母系とし

椎若葉わが大足をかなしむ日

紫陽花や別れて来る言一句

東京の辺や蝸牛の角伸びて

紫蘇濃ゆき一途に母を恋ふ日かな

今年竹檜傾く嵐かな

濡縁に母念ふ日ぞ今年竹

午すぎて旅に在りけりほととぎす

茶を買ふや麻布も暑くなりにけり

五月尽夕長きは明治より

二夜三夜傘さげ会へば梅雨めきぬ

蝸牛や雨ばかりなる駒場町

九十九里浜南白亀川口梅雨はれぬ

垂れ込めて腹くだしたる餓鬼忌かな

東京の椎や欅や夏果てぬ

百日紅心つまづき声からび

鱒の子のすでに紅らむほととぎす

椎若葉この刻雀ばかりかな

ひとり煮て伽羅蕗辛き五月かな

びしょぬれの豌豆摘むやほととぎす

六月の日の出かぐはし駒場町

牛の顔大いなるとき青梅落つ

緑さす歳月古りし框かな

十薬の花の十字の梅雨入かな

十薬や世に古りそめしわが俳句

露草の瑠璃十薬の白繁り合へ

新娶まさをき梅雨の旅路かな

六月の雨さだめなき火桶かな

若竹のひとり高しや軒雀

冷奴隣に灯先んじて

水無月の青女房の嘆言かな

雀らも西日まみれやねぶの花

くらがりの合歓を知りゐる端居かな

さるすべり近づかず道曲りけり

涛音のある日なき日やさるすべり

打つや天城に近くなりにけり

雨蛙鶴溜駅降り出すか

雀らも海かけて飛べ吹流し

筒鳥や楢の下草片敷けば

萬緑を顧みるべし山毛欅峠

照りそめし楓の空の朝曇

じだらくに勤めてゐたる大暑かな

かなかなやまだ出てをりし茗荷の子