和歌と俳句

石田波郷

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萬緑や山下るごと階下り

病む窓の鳩幾組ぞ菖蒲の日

粽解く斯く虔しく生き継がむ

病む吾の意気地なき日やえごの花

えご咲けば父見舞ふ母を憶ひ出でむ

眠れねば眠らずに居り蚊姥と

栗の花仰臥もつとも息苦し

卯の花や患者われらの森の道

朴の花今年見ざりし命かな

遠き合歓幾まばたきをしつつ見ゆ

合歓咲けば妻も病みけり病家族

合歓暮れて酸素ボムベのトラツク来

煎餅食ふ力も失せぬ日雷

玉蟲舞ふ樫と樟との間にて

病人の日課いそがし含羞草

雲に飛んで楢に戻りぬ黄金蟲

水中花培ふごとく水を替ふ

卯の花は咲けども起れず病われ

酸素音過不及なしや白菖蒲

巨き掌を賜ひ新茶を賜ひけり

かへり来し命虔しめ白菖蒲

巨き掌をわれに賜ひぬ白菖蒲

白菖蒲紅ほのとあり蘇る

郭公の拙き声を試みぬ

枇杷啜る双手に血色戻りけり

栗の花林掠むる如くなり

雨搏てる沙羅の落花や石の上

栗の花尾を真直に尾長鳥とぶ

わが胸は小さくなりぬ花擬宝珠

蛍籠われに安心あらしめよ

病よし壺の紅花やや乾び

合歓見むと思へど試歩を伸ばし得ず

清拭の垢ほろほろと雲の峯

河童忌の朝の薬は八つ数ふ

ひとの死と晨の灯蛾とわかちなし

筍飯届きて妻の来ぬ不安

立泳ぐさまに鳩寄る緑立つ

実櫻へ尾長鳥降下の尾羽を割り

豆飯食ふ舌にのせ舌に力入れ

夏橙剥く指力なほ存す

大夏柑むさぼりし息をつぎにけり

見舞びとに教へむえごの花遠し

師が賞づる新茶は狭山賜ひけり

下闇を燃え出づる合歓のみどりかな

病室に降る煤のあり半夏生

わが死後へわが飲む梅酒遺したし

枝移る毛蟲の列や朝ぐもり

着て臥せば病衣なりけり鉾浴衣

枇杷啜る妻を見てをり共に生きん