和歌と俳句

火取虫 蛾

葉かげの蛾見出づ夕風到りけり 亞浪

頼めなき妻の命よ死蛾見出づ 亞浪

ひとりむしいかなる明日の来るならむ 万太郎

ひとりむしにくしといふにあらねども 万太郎

うとうとと眠りては覚むひとりむし 万太郎

かたくなにめぐる灯蟲の輪のもとに 汀女

びびびびと死にゆく大蛾ジャズ起る 三鬼

灯蛾に語る夜々鉄橋を越えて来て 草田男

火取虫翅音重きは落ちやすし 楸邨

音もなくぎとりめぐれる火蛾もあり 汀女

皆明日のことにしいねん灯取蟲 立子

夕づく蛾柏大樹をめぐりをり 波郷

火蛾去れりホテルの午前二時 万太郎

吾が胸に悪魔棲みをり火取虫 真砂女

山の蛾はランプに舞はず月に舞ふ 秋櫻子

舷燈の一穂に火蛾海渡る 多佳子

燈をとりに那須ケ岳より大蛾来る 風生

戸隠の火蛾の白亳朱眼かな 風生

山の蛾に窓悉く灯りけり 秋櫻子

新しき蛾を溺れしむ水の愛 耕衣

蛾流るる後ろの水に遅れつつ 耕衣

稿急ぐ落葉色して訪る蛾 不死男

渓の蛾は扇にとりて美しき 風生

残一燈全山の蛾の眠られず 誓子

燈の汽車が過ぎ行く伊賀の多蛾地帯 誓子

蛾の消えしところ口あき般若面 楸邨

硝子越し出羽の天狗蛾燈を窺ふ 誓子

蟻がくふ蛾がきらきらと円覚寺 楸邨

灯蛾死して羽おく一夜漬の稿 不死男

火取蟲来る頃ほひの外の闇 立子

禁煙の今が大切火取蟲 立子

雪谿やいつ来て妻に真白の蛾 楸邨

ひとの死と晨の灯蛾とわかちなし 波郷

蛾を以て扇としけり須磨の浦 耕衣

出湯しづか灯蟲も山に戻る刻 汀女

白蛾くる辞書の重さのわが窓に 汀女