伊勢物語・四十五段
ゆく蛍雲のうへまで去ぬべくは秋風ふくと雁に告げこせ
好忠
焦るれど煙も見えず夏のひは夜ぞ蛍は燃ゑまさりける
後拾遺集 重之
音もせで思ひにもゆる蛍こそ鳴く虫よりもあはれなりけれ
源氏物語・螢
声はせで身をのみこがす蛍こそ言ふよりまさる思ひなるらめ
経信
いさり火のなみまわくるにみゆれども染川わたる蛍なりけり
公実
難波江の 草葉にすだく 蛍をば あしまの舟の 篝とやみむ
詞花集 大弐高遠
なくこゑもきこえぬもののかなしきは忍びに燃ゆる蛍なりけり
詞花集 よみ人しらず
さつきやみ鵜川にともす篝火の數ますものは蛍なりけり
千載集 藤原季通
昔わが集めしものを思ひ出でて見なれがほにも来るほたるかな
千載集 俊頼
あはれにも みさをに燃ゆる 蛍かな 声立てつべき この世と思ふに
俊頼蘆の屋の ひまほのぼのと しらむまで 燃えあかしても ゆくほたるかな
俊頼おちこちの 夜河にたける 篝火と 思へば澤の ほたるなりけり
清輔
浜風に なびく野島の さゆり葉に こぼれぬ露は 螢なりけり
俊成
おほあらきの森のしたくさ朽ちぬらし浮田の原に蛍とびかふ
俊成
閨のうちも蛍とびかふ物思へば床のさむしろ朽ちやしぬらむ
式子内親王
詠れば月はたえゆく庭の面にはつかに残る蛍ばかりぞ
式子内親王
秋風と雁にやつぐる夕暮の雲近きまで行蛍かな
鴨長明
蘆の葉に すだく螢の ほのぼのと たどりぞわぶる 真野の浮橋
定家
やみといへばまづもえまさる蛍もや月になぐさむおもいなるらむ
定家
あぢさゑのしたばにすだく蛍をばよひらのかずのそふかとぞ見
定家
ももしきのたまのみぎりのみかは水まがふ蛍もひかりそへけり
定家
うちなびく川ぞひ柳ふく風にまづみだるるは蛍なりけり
俊成
ながむれば心もつきぬ行く蛍まどしづかなる夕暮れの空
定家
うたがひし心のあきの風たたば蛍とびかふ空に告げこせ
定家
夜もすがらまがふ蛍のひかりさへ別れは惜しきしののめのそら
定家
みつしほに いりぬる磯を ゆくほたる おのがおもひは かくれざりけり
良経
漁火の昔の光ほの見えて芦屋の里に飛ぶ蛍かな
定家
すまのうら もしほのまくら とぶほたる かりねの夢路 侘ぶとつげこせ
良経
風そよぐならのこかげの夕涼み涼しくもゆるほたるなりけり
良経
まどわたる宵のほたるもかげ消えぬ軒端に白き月のはじめに
良経
音にたてて告げぬばかりぞほたるこそ秋は近しと色に見せけれ
定家
芹つみし沢辺のほたるおのれ又あらはにもゆとたれに見すらん
定家
さゆりばのしられぬこひもある物を身よりあまりてゆく蛍かな
定家
かり枕まだふしなれぬあしの葉にまがふ蛍ぞくるる夜は知る
定家
こぎかへる棚なしを舟おなじ江にもえてほたるのしるべがほなる
実朝
かきつばた生ふる澤べに飛ぶ蛍かずこそまされ秋やちかけむ