和歌と俳句

萱草の花 忘れ草

旅人万葉集
忘れ草我が紐に付く香具山の古りにし里を忘れむがため

家持
忘れ草わが下紐に付けたれど醜の醜草言にしありけり


業平
忘れ草おふる野辺とはなるらめどこはしのぶなりのちもたのまん

伊勢物語
罪もなき人をうけへば忘草をのがうへにぞ生ふといふなる

素性
忘れ草なにをかたねと思ひしはつれなき人のこころなりけり

古今集・恋 よみ人しらず
忘れ草たねとらましを 逢ふことのいとかく難きものと知りせば

古今集・恋 よみ人しらず
恋ふれとも逢ふ夜のなきは 忘れ草夢路にさへやおひしげるらむ

貫之
うちしのび いさ住の江に 忘れ草 忘れし人の またや摘ぬと

後拾遺集・雑歌 平棟伸
忘れ草つみてかへらむ住吉のきし方のよは思ひでもなし

俊頼
忘れ草しげれる宿を来てみれば思ひのきより生ふるなりけり

俊成
忘草つみにこしかど住吉の岸にしもこそ袖はぬれけれ

定家
浪風のこゑにも夏は忘れ草日かずをぞつむ住吉の濱


窓に望む萱草暑し夕附日 土芳

生れ代るも物憂からましわすれ草 漱石


病をし忘れて君が思はむとこの忘草にほふべらなり


しほさゐの伊良胡が崎の萱草なみのしぶきにぬれつゝぞさく


松越えて濱の烏の來てあさる青田の畦に萱草赤し

晶子
ひろびろと野陣たてたり萱草は遠つ代よりの大族かな

赤彦
萱草花の夕日の川に出でしとき別れは其所に待ちてありけり

赤彦
夕日の朱を吸ひ盛るくわんざうの花に男はあはれなりけり

茂吉
萱草をかなしと見つる目にいまは雨にぬれて行く兵隊が見ゆ

利玄
きりぎしの石間に根ざしのびいでし青茎の上の萱草の花

萱草の一輪咲きぬ草の中 漱石

茂吉
萱草の 花さくころと なりし庭 なつかしみつつ 吾等つどひぬ

湯煙に人現るる時萱草も 虚子

萱草も咲いたばつてん別れかな 龍之介

萱草や昨日の花の枯れ添へる たかし

大岩に萱草咲きぬ園の口 風生

安達太良の梅雨も仕舞や甘草花 普羅

甘草を折つて帰れる裏戸かな 青邨

をりからの月光まぶし忘れ草 鷹女

甘草の咲き添ふ石の野中めき たかし

萱草の葉に一とすぢの黄いろかな 素十

岬の鼻思へと萱草抱へ来し 林火