春の磯 こひしき人の 網もれし 小鯛かくれて 潮けぶりしぬ
少女子は もろむきごころ 花に似む これはたのめる 人なるものを
あはれなる 胸よ十とせの 中十日 おもひ出づるに 高く鳴るかな
いくよろづ 天の御厩の おん馬は 白毛のみなり 春の夜の星
たちばなの 香の樹蔭を ゆかねども 皐月は恋し 遠居る人よ
いななきぬ 秋今きたる 風ふきぬ 神のつくりし しろがねの馬
雲ゆきて さくらの上に 塔描けよ 恋しき国を おもかげに見む
柱いひぬ 誰れ待ちたまふ 春の夜を 君はたよらに 身じろぎがちに
なつかしき 衣の筥の 花匂ひ 百をあつめし 初夏のかぜ
地はひとつ 大白蓮の 花と見ぬ 雪の中より 日ののぼる時
長き夜に いくたび見たる 夢のぬし 七世の後の 君とこそ思へ
御目ざめの 鐘は知恩院 聖護院 いでて見たまへ むらさきの水
三吉野の さくら咲きけり 帝王の 上なきに似る 春の花かな
わだつみは 夕の人の まなさきに 遠いかづちの 音してきたる
大船を 水脈びきすなり 胸に名も 知らぬひとつの たななし小舟
あるゆふべ 燭とり童 雨雲の かなたにかくれ 五月となりぬ
君まさず 葛葉ひろごる 家なれば ひと草むらと 風の寝にこし
数しらず 僧たち居ます おん堂の けはひおぼえぬ しら梅ちる日
恋人は 現身後生 よしあしも 分たず知らず 君をこそたのめ
朝の雨 京の少女は 中の間に 白檀くべて 帰りけるかな