和歌と俳句

芥川龍之介

やはらかく深紫の天鵞絨をなづる心地か春の暮れゆく

いそいそと燕もまへりあたたかく郵便馬車をぬらす春雨

ほの赤く岐阜提灯もともりけり二つ巴の春の夕ぐれ

戯奴の紅き上衣に埃の香かすかにしみて春はくれにけり

なやましく春は暮れゆく踊り子の金紗の裾に春は暮れゆく

春漏の水のひびきかあるはまた舞姫のうつとほき鼓か

片恋のわが世さみしくヒヤシンスうすむらさきににほひそめけり

恋すればうら若ければかばかりに薔薇の香にもなみだするらむ

麦畑の萌黄天鵞絨芥子の花五月の空にそよ風のふく

五月来ぬわすれな草もわが恋も今しほのかににほひづるらむ


君をみていくとせかへしかくてまた桐の花さく日とはなりける

君とふとかよひなれにしあけくれをいくたびふみし落椿ぞも

広重のふるき版画のてざはりもわすれがたかり君とみればか

いつとなくいとけなき日のかなしみをわれにおしへし桐の花はも

病室のまどにかひたる紅き鳥しきりになきて君おもはする

夕さればあたごホテルも灯ともしぬわがかなしみをめざまさむとて

草いろの帷のかげに灯ともしてなみだする子よ何をおもへる

青チヨオクADIEU と壁にかきすてて出でゆきし子のゆくゑしらずも

その日さりて消息もなくなりにたる風騒の子をとがめたまひそ

いととほき花桐の香のそことなくおとづれくるをいかにせましや