和歌と俳句

伊藤左千夫

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ひたすらに我父上をまちはべる都の櫻咲かんとぞせば

ながむれば霞める山の麓より沢辺をさして駒のおりくる

青駒のくつわならべて益良夫やあがきもゆたに花を見るかも

牛飼が歌詠む時に世の中のあたらしき歌大いに起る

葺きかへし藁の檐端の鍬鎌にしめ縄かけて年ほぎにけり

天近き富士のねに居て新玉の年迎へんとわれ思ひにき

ゆたゆたと日かげかづらに長かづら柱に掛けて年ほぐわれは

冬の日のあかつきおきにもらひたる山茶花いけて茶をたてにけり

いにしへの竹の林に遊びけん人の画掛けて茶を飲みにけり

いにしへの人が焼きけんらく焼の手づくね茶碗色古りにけり

かつしかや市川あたり松を多み松の林の中に寺あり

かつしかや田中にいつく神の森の松をすくなみ宮居さぶしも

春雨のふた日ふりしき背戸畑のねぎの青鉾なみ立ちてけり

なぐさみに植ゑたる庭の葉広菜に白玉置きて春雨のふる

此頃の二日の雨に赤かりし楓の若芽やや青みけり

天つ日のうらうら匂ふ岡のうへのを見れば神代しおもほゆ

病みこやす君は上野の裏山のを見つつ歌よむらんか

元の使者既に斬られて鎌倉の山の草木も鳴り震ひけん

杜鵑鳴くや五月の鎌倉に蒙古の使者を斬りし時はも

鎌倉に蒙古の使者を斬り屠り東猛夫如何にきほひけむ

垣のもとに茂り生ひたる山吹のしづ枝に一つ花咲き残る

さみどりの松葉の針の針ごとに白玉ぬきて雨ふりやまず

ゆらゆらと風にゆられて松の葉の葉末の露の玉散りみだる

うら若き尼の三人が出て汲むあかゐのもとの山吹の花

くれなゐの唐くれなゐのけしの花夕日を受けて燃ゆるが如し