和歌と俳句

伊藤左千夫

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藤浪の花の千垂のゆらゆらにかぜにゆらぐし見れどあかぬかも

やまずふる雨をすべなみ藤浪の盛りのいろもおとろへにけり

高橋の神の御橋の袂なる白藤の花いまさかりなり

くれなゐの牡丹かざして病める児が僅にゑむを見ればうれしも

やめる児が手を疲れけむわがもてる牡丹の花を母に持たしむ

雨の夜の牡丹の花をなつかしみ灯し火とりていでて見にけり

ともし火のもまおもに立てる紅の牡丹のはなに雨かかる見ゆ

ふる雨にしとどぬれたるくれなゐの牡丹の花のおもふすあはれ

雨の夜の牡丹を見ると火をとりて庭におりたちぬれにけるかも

かぎろひの火を置き見れば紅の牡丹の花の露光あり

雨の夜をともす燈火おぼろげに見ゆる牡丹のくれなゐの花

夕汐の満ちくるなべにあやめ咲く池の板橋水つかむとす

うち橋のあなたこなたのあやめ草尖る瑞葉に露光る見ゆ

朝風に丹保比天咲けるくれなゐのはちすの花に似たる君かも

吾大人が病おもへば月も虫もはちすの花もなべて悲しき

人皆の遊ぶ睦月を波枕矢刺が浦に吾は来にけり

白砂のかわける濱にかまめかもふめる足跡あやにめづらし

きのふけふ寒さゆりければ鉢の梅の一枝のつぼみ色動ききぬ

ふふめりし梅のつぼみのけふか咲くあすかひらくとまてばたのしも

鎌倉の大き仏は青空をみかさときつつ万代までに

かまくらの大き御仏をろがめばみのりさかれる時しおもほゆ

蒼空を御笠とけせる御仏のみ前の庭にの花さく

松が枝にきゐるおもしろく往かひするか鳴とはなしに

春雨の夜を一人居り心ぐく歌思へどもまとまりかねつ

軒の端の楓の芽立くれなゐに色いちじろくなりにけるかも