和歌と俳句

伊藤左千夫

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鳥が音も夕暮淋し残りたる霜葉の映に道急ぎつつ

神崎の裏辺の淀に獲たるちふ三尺の鯉を輪にきりて煮し

荒玉の長き年月住ひ居りあやしこの夏葦切の鳴く

垣外田の蓮の広田を飛び越えて庭の槐に来鳴く葦切

五月雨に茶を抹き居れば行々子槐が枝に声断たず鳴く

青葉さす槐の枝に身をかくり声は鳴けども見えぬ葦切

五月雨を朝寝し居れば葦切が声急き鳴くも庭の近くに

秋立つと思ふばかりを吾が宿の垣の野菊は早咲きにけり

檜扇の丹づらふ色にくらぶれば野菊の花はやさしかりけり

まつ人も待たるる人も限りなき思ひ忍ばむ此秋風に

山の手は初霜置くと聞きしより十日を経たり今朝の朝霜

家ぬちに蠅一つ居ず朝づく日光りこひしき冬とはなりぬ

塵塚の燃ゆる煙の目に立ちて寒しこのごろ朝々の霜

炉開の室の花には錦木にやつれ野菊そへ挿せるよし

夕空のかぎらふ色を面白み八幡の市を森さしてゆく

年寒く人も乏しき江の島に雨にこもりて一夜ねにけり

小ざかしきやからをいなむ楽焼の碗のこころを誰と語らむ

世の中の愚が一人楽焼の茶碗を見ては涙こぼすも

面白く芽ぐむゆづり葉見つつ居れば花が吹雪くもゆづり葉に吾に

北裏の二階に迫る椎若葉はゆる若葉を風が揺るかも

五百枝さす椎のしみらの若やぐや若葉の光り家もあかるく

八十国のつかへまつりて作らへる鹿苑院は青葉せりけり

とりよろふ衣笠山を吾林泉の奥の見立てと好み高かり

ひむがしの松の林の渚辺に立てば眼に入る衣笠の山

金閣を囲む池水池水を囲む木立や君が俤