和歌と俳句

伊藤左千夫

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年ごとにくろがねの橋石の橋数を増しつつ民は痩すらん

民を富ます事を思はぬ人々が国守るちふさかしらを説く

言をこそ国民と云へ国民のこぞり求むる政治はなし

もろもろの民の命の塩にだに税を課するは恥ぢにはあらぬか

九十九里の波の遠音や降り立てば寒き庭にも咲きにけり

春早き南上総の旅やどり梅をたづねて磯に出にけり

朝起きてまだ飯前のしばらくを小庭に出でて春の土踏む

まづしきに堪へつつ生くるなど思ひ春寒き朝を小庭掃くなり

いとけなき児等の睦びや自が父のまづしきも知らず声楽しかり

笑ふにも声力なくほそぼそといのちは生きて明しくらすも

鳥けものに餌をあてがひ飼ふ如く養はれ居り人にありながら

九十九里の波の遠鳴り日の光り青葉の村を一人来にけり

椎森の若葉円かに日に匂ひ往来の人等みな楽しかり

桑畑の若葉そよめく朗かや白手拭のをんないくたり

稍遠く椎の若葉の森見れば幸運とこしへにそこにあるらし

桑子まだ二眠を過ぎず村々の若葉青葉や人しづかなり

世にあらん生きのたづきのひまをもとめ雨の青葉に一と日こもれり

ゆづり葉の葉ひろ青葉に雨そそぎ栄ゆるみどり庭にたらへり

わかわかしき青葉の色の雨に濡れて色よき見つつ我れを忘るも

雲明るくゆづり葉のみどりいやみどり映ゆる閑かを小雨うつなり