和歌と俳句

伊藤左千夫

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そぎ竹の垣根のもとの芍薬の赤芽ともしく群立ちにけり

井戸ばたの石間に生ふる鬼しだのうれ巻く芽立色かばにあはれ

春雨に吾ひとり居り黒楽の碗偲つつ吾ひとり居り

土焼の楽焼作り物も言はずゑみてありけむ翁しおもほゆ

塩釜の社の裏の杉間より雨の松島かすみたるみゆ

真玉つく雄島松むら雨を浴み夕日もさすか松の千露に

さながらに常世なれやも玉だれの雄島の松に夕日照れれば

さごもりにこやせる君が冬牀の暖炉に並みおく冬深草

冬ごもり病のひまにふしながら絵にかきませりふゆふかみぐさ

紅のふゆふかみ草めづらしみほくよましけむ去歳のけふはも

ちりひとつなしと歌われし吾庭の荒れにけるかも落葉つみつつ

石にまとひ木の根にまとひ落葉らはおのがまにまにたむろせるみゆ

敷妙の枕によりて病伏せる君がおもかげ眼をさらず見ゆ

梅椿みはかの前によろしなべ誰がささげけむ見らくうれしも

み墓びのみぎ手に咲ける秋草の野菊の花はちらずありこそ

二つなき命ささげて公けのことつくしたる君がために泣く

薬師なるつとめつくすと危けき道も踏みけむあはれますらを

くにうちに飢泣く民のあると聞けばを過ぎつつ楽しとも見ず

千万のむつの同胞飢に飢なげく此春花何にさく

雨戸おし庭打見れば月くもり池の蛙が懶げに鳴く

天地の春たけなはに遠地こちと蛙鳴く野や昼静かなる

青野原河一筋の長き日を物さびしらに鳴く蛙かも

秋立てば松の古葉を年ごとに払ふにしあれどいまだはらはず

庭清め吾するひまに月よみは松が枝はなれ銀杏にうつりぬ

秋つ風ふきゆるなべに下草の木賊が中に松葉落ちる