和歌と俳句

高橋虫麻呂

富士の嶺に降り置く雪は六月の十五日に消ぬればその夜降りけり

富士の嶺を高み畏み天雲もい行きはばかりたなびくものを

千万の軍なりとも言挙げせず取りて来ぬべき士とぞ思ふ

筑波嶺に我が行けりせばほととぎす山彦響め鳴かましやそれ

かな門にし人の来立てば夜中にも身はたな知らず出でてぞ逢ひける

常世辺に住むべきものを剣大刀己が心からおそやこの君

大橋の頭に家あらばま悲しくひとり行く子にやど貸さましを

埼玉の小埼の沼に鴨ぞ翼霧るおのが尾に降り置ける露を掃ふとにあらし

三栗の那珂に向へる曝井の絶えず通はむそこに妻もが

遠妻し多賀にありせば知らずとも手綱の濱の尋ね来なまし

我が行きは七日は過ぎじ竜田彦ゆめこの花を風にな散らし

暇あらばなづさひ渡り向つ峰の桜の花も折らましものを

い行き逢ひの坂のふもとに咲きをゐる桜の花を見せむ子もがも

今日の日にいかにかしかむ筑波嶺に昔の人の来けむその日も

かき霧らし雨の降る夜をほととぎす鳴きて行くなりあはれその鳥

筑波嶺の裾廻の田居に秋田刈る妹がり遣らむ黄葉手折らな

男神に雲立ち上りしぐれ降り濡れ通るとも我れ帰らめや

海つ道のなぎなむ時も渡らなむかく立つ波に船出すべしや

勝鹿の真間の井見れば立ち平し水汲ましけむ手児名し思ほゆ

葦屋の莵原娘子の奥城を行き来と見れば哭のみし泣かゆ