木下利玄

うす雪は小雨にとけてうぐひすのささなきさむき藪かげの道

春の雪をんなの人の八つ口の傘をこぼれて匂ふみちわる

いもうとの小さき歩みいそがせて千代紙かひに行く月夜かな

おくれては母のあと追ふをさな兒のおさげの髪に春の風吹く

二人には春雨小傘ちひさくてたもとぬれけり菜の花のみち

見透しの田舎料理屋昼しづか さく庭に番傘を干す

藪かげのくろき朽葉のうづたかき流に落つる紅椿かな

朝月は小萩の露にしづみけりあかつきやみのこほろぎの聲

大原や野菊花咲くみちのべに京へ行く子か母と憩へる

野菊一むら水をおほへるいさら川ささやき細く野は暮れにけり

落葉やく青き煙のよどみたる林をゆけば雨のおちくる

時雨降り早仕舞せる宵町のくぐり障子のともし灯の色

恋ゆゑに人をあやめしたをや女の墓ある寺の紅梅の花

をんな坂袖もつれあふ舞姫がかすみに濡るる朝詣かな

顔と顔よせて行燈の繪を見るや櫻ににほふうすあかり哉

物かげに怖ぢし目高のにげさまにささ濁りする春の水

風絶えてくもる真昼をものうげに虻なく畑のそら豆の花

空もやう気にしてもどる嫂に門の桃散る雨ふくむ風

水ぐるま近きひびきに少しゆれ少しゆれゐる小手鞠の花

うす曇遠がみなりをきく野辺の小草がなかの昼顔の花

川風に堤の野菊花ゆれてさむき朝なり鳰鳥のなく

朝に入る鮭のうろこにうそ寒う夕日ひかりぬ船の秋風

月さむき夜頃となりぬ蘆の穂のしろき堤のこほろぎの聲

一村の夢おだやかに月ふけて小草の露は蟲の音ぞすむ

家ごとに引窓つけてあかりとる竹の山崎藪のうへの月

和歌と俳句