木下利玄

紅薔薇見し眼を移す白百合のそのうす青さ君が頬に見る

如月や電車に遠き山の手のからたち垣に三十三才鳴く

宿の山蜜柑ならびて黄なる實の朝日受け取る枝葉の中に

菜の花の黄色小雨にとけあひてほのににじめる昼のあかるみ

二階より君とならびて肩ふれて見下す庭のヒヤシンスかな

舞ひ終へて扇を前に會釋する舞妓が肩の息なつかしむ

汽船に居て湊の町のわか葉見る陸にも海にも昼の日光る

海荒るる前の沈黙雲おもく島山よもぎにほひながるる

水引の根をあらひ行く野の水の淀みにうつる秋の夕映

鳩起きて軒のとやより挨拶す花壇の芥子は朝風に揺る

真中の小さき黄色のさかづきに甘き香もれる水仙の花

花びらの真紅の光澤に強き日を照り返し居る雛芥子の花

愛らしき金のさかづきさし上げて日のひかりくむ花菱草よ

しほらしき野薔薇の花を雨は打つたたかれて散るほの白き花

ゆづり葉の新芽かはゆしやはらかき高烽スぐる桃いろの茎

象の肌のけうとさおもふ椿の木枝さき重き花のかたまり

黒もじのうす黄の花にやはらかき雨ふりそそぎ春の暮れ行く

愛に酔ふ雌蕊雄蕊を取りかこむうばらの花をつつむ昼の日

花びらをひろげ疲れしおとろへに牡丹重たく萼をはなるる

芍薬の黄いろの花粉日にただれ香をかぐ人に媚薬吐く

桐の花露のおりくる黎明にうす紫のしとやかさかな

金魚草にトンボとまりて金の眼を日にまはす時ドンのとどろく

真昼野に昼顔咲けりまじまじと待つものもなき昼顔の花

あつき日を幾日も吸ひてつゆ甘く葡萄の熟す深き夏かな

夏来れば築地の朝の好もしさ海の風吹く凌霄花

和歌と俳句