木下利玄

初夏の真昼の野辺の青草にそのかげおとし立てる樫の木

汽車とまり汽車の出て行く停車場のダリヤの花の昼のくたびれ

草堤の茅が根もとに野いばらの白く泣き居る夏の停車場

夏草のしげみがなかにうつむける釣鐘草のよそよそしさよ

白き指に紅のにじみてなまめけるにほやかさもて咲くかな

ぐらんとの手植ぎよくらん東京の上野の夏をさびしらに咲く

恐ろしき黒雲を背に黄に光る向日葵の花見ればなつかし

くろみもつ葉ずゑに紅き花つくる夾竹桃の夏のあはれよ

からみあふ花びらほどくたまゆらにほのかに揺るる月見草かな

あすなろの高き梢を風わたるわれは涙の目をしばたたく

愛らしき眼を見はりつつ息づける苦しき様を見るに堪へかぬ

人皆に見捨てられたる床の上にわがをさな兒が眼をひらきゐる

人目なき処に妻とかくれつつなきくづれなばやすからましを

夏の中にひそめる秋を感じつつ涙ぞいづる子の死にし後

程もなく秋くることのわびしさと面やつれせし妻しのび泣く

子を失ふ親の悲み そは遠きことと思ひしを今日われに来し

待ち居たる九月の末は未だ来ずわが子は死にて世になし

脇差のすこしぬきたる刃の上に蓮華ぞうつる凶事ありし室

おとなしき死顔を見れば可愛さに口きかずとも傍に置きたや

顔のうぶ毛腕のうぶ毛の可愛さよいく日の後も眼に残るべく

やはらかくをさなきもののおごそかに眼つぶりて我より遠し

うけ口のくちびるの色変れるに水をそそぎて見つめ見つむる

汝が母は看護もせずに別れたり母も子供もかなしかるらむ

人々を力なき目に見まはせし汝がいぢらしさ忘れかねつも

汽車の笛遠くひびきて夜はふけぬ我が子の傍に通夜して居れば

和歌と俳句