おし黙る一人の歩み昼たけて八瀬大橋を渡りけるかも
大原の三千院に行きつきて靴脱ぎたれば汗ばみ冷えつ
山の堂しじまの深みに物言ひしあとの幽けさ身を省みる
寂光院の床ふむにつべたみそぞろに見る阿波の内侍のはりぼての像
お堂出づれば只今の間に日はかくれ雨の粉ちれり大原の峡に
庵室の障子あけてみれば日はかげり叉日は照るも大原の峡に
女院の山みささぎ夕照れり京都へのかへりをいそぎて拜す
里遠く山に入り来て甍葺ける伽藍の屋根仰ぎたふとき思ひす
吾嬬はもはぐれぬやうによりそへり宵宮詣での人出のなかに
大木のくろき梢にしきられて星の夜空のさばくしたしも
杉の木に丹塗末社の燈明のはだか灯うつりおほにまたたく
雨後の宵宮の灯みちわるに粘む土さへにくからなくに
灯あかりにわれらかたまり燈籠の奉納人の名まへをよむ
春日山宵のともし火燈籠の障子にとろりまたたけり見ゆ
燈籠はとぼりそろへり廻廊の青丹匂ひて宵のほどなる
燈籠のいくつあかりのほのぼのと丹ぬり柱の圓みあかるむ
燈籠にほのあかるめる石だたみふみふみあゆみ宵宮をめぐる
葛飾の春田の水にあたたかき嵐渡りて小浪よる見ゆ
訪なへる春山のみ寺庭きよきひつそり閑として真清水の音
金色の本尊に奉れるさくらの花春しんとしてはなやぐ御堂
み堂静み昼間の蝋の灯現しきに山の真清水音かよひ来も
御佛のお前の板敷つめたきに散華の椿の紅白映れる
薄雪に春日はかくれ杉が枝に色こまやかなる藤のむらさき
老杉にかかる藤浪百花の匂ひににほへり風なき春日