牧水
まだら黄に枯れゆく秋の草のかげ啼くこほろぎの眸の黒さかな
茂吉
あかねさす昼のこほろぎおどろきてかくろひ行くを見むとわがせし
千樫
うちどよむあらしの底にこほろぎは鳴きてありけりとぎれとぎれに
千樫
入りがたの月のひかりに壁の色ほのかに赤くこほろぎ鳴くも
千樫
こほろぎはいとどあまねく鳴きふけりわがひとり寝の夜半のしたしさ
白秋
大荒れの あとにしみじみ 啼きいづる こほろぎのこゑの あはれさやけさ
白秋
父の背に 石鹸つけつつ 母のこと 吾が訊いてゐる 月夜こほろぎ
白秋
父の肩 眺め眺めて はたはたと 叩けば愛し 月夜こほろぎ
晶子
手を借らん肩に倚らんと云ふごとく九月に入ればこほろぎの鳴く
晶子
こほろぎや男女の文がらの多きが中に埋もれて聞く
晶子
わが横にいたくくづほれ歎くものありとこほろぎとりなして鳴く
石鼎
月させば岩なりし草やちゝろ虫
牧水
何草ぞこの草むらの硬さよと腰をおろせばこほろぎ啼けり
牧水
夜の窓ひるのつかれのやはらかう身にはうかびてこほろぎ啼けり
龍之介
野分止んで一つ啼き出ぬちちろ虫
茂吉
ゆふぐれの道は峡間に細りつつ崖のおもよりこほろぎのこゑ
憲吉
家うごく暴風雨にきけばはたや鳴きはたや鳴き止むこほろぎの声
憲吉
竃土端にこほろぎの声満ちにけり長夜の家にひと覚めざらむ
晶子
山の夜や星に混りてあるごとく高き方にて鳴けるこほろぎ
久女
蟋蟀も来鳴きて黙す四壁かな
久女
粥すする匙の重さやちちろ虫
牧水
田づらより低き湯殿にひびきくる夜半の田面のこほろぎのこゑ
晶子
人通ふ路岸河原三段にわかれて鳴けるこほろぎの声
こほろぎや入る月早き寄席戻り 水巴
白秋
蔵経に月の光ぞ満にける一つころろぐこほろぎの声
晶子
こほろぎが清く寂しく鳴きいでぬ雲の中なる奥山にして
碧梧桐
壁土を捨てた雨の湿りのこほろぎの出る
赤彦
戸を閉さで灯影のとどく草むらに蟋蟀鳴けりこの二夜三夜
赤彦
うちよりて夜は茶を飲む子どもらの休暇も果てぬこほろぎの声
茂吉
こほろぎは消ぬがに鳴きてゐたりけり箱根のやまに月照れるとき
白秋
脛立ててこほろぎあゆむ畳には砂糖のこなも灯に光り沁む
草城
泣きほけし妻の目鼻やちちろ虫
草城
飽食のかろき疲れやちちろ虫
草城
酔ざめの水のうまさよちちろ虫
普羅
厠遠しかのこおろぎの高調子