和歌と俳句

與謝野晶子

あなあはれ初秋の夜の雲間よりいなづま走るおほわだつみへ

自らはあら描のまま置かれたる画のここちすれ初秋の来て

三日降りて池をあふれし雨水に水草めきて立てる蓼かな

こほろぎの鳴く夜となりぬ大寺の石の廻廊踏みに行かまし

ふるさとの大盥めく海なども秋風今や吹きわたるらん

災厄のさらば降れと云ふ如く白樺立てるかなしき山よ

柄のあれは板屋紅葉も桐の葉も舞子の傘に拾ひおかまし

石に匍ふ蔓を引きつつ見たる空きはまりもなく紅かりしかな

夕月夜花びらよりも軽げなるしら波かかる岩をわれ行く

野分風焼けたる鉄のごときもの交りて花のいたいたしけれ

秋風や尼の姿に似寄りたる淋しき雲の舞へる夕ぐれ

線香が槍のやうなる灰のせてわれと対へる秋の雨の日

桔硬咲く襟つきにくき人のごと女姿の少年のごと

白雲の走りありけるあけがたに醜く慄ふ紐鶏頭よ

こほろぎや男女の文がらの多きが中に埋もれて聞く

天の川白き夜ぞらにかひな上げふれて涼しくなりし手のひら

旅人がうら淋しかる大音に呼びかはし行くかつらぎ

秋風は家畜小屋より転び出で餌欲しと追ひぬ白き尾を振り

蓼噛みぬ若くめでたく死なんなどもの語めく心起れば

物思ふかたへに置くは桃色とみどりと黄金の翅したる鳥

新しく湧き上りたる恋のごと雁来紅の立つはめでたし

葉の白く光れる肉と見ゆるとき血の点となり椿はなさく

野の池の心もとなき皺に咲く薄あゐいろの水草の花

延次郎の幟なびかぬ南座はすさまじきかな円山のもと

わが横にいたくくづほれ歎くものありとこほろぎとりなして鳴く