あなあはれ初秋の夜の雲間よりいなづま走るおほわだつみへ
自らはあら描のまま置かれたる画のここちすれ初秋の来て
三日降りて池をあふれし雨水に水草めきて立てる蓼かな
こほろぎの鳴く夜となりぬ大寺の石の廻廊踏みに行かまし
ふるさとの大盥めく海なども秋風今や吹きわたるらん
災厄のさらば降れと云ふ如く白樺立てるかなしき山よ
柄のあれは板屋紅葉も桐の葉も舞子の傘に拾ひおかまし
石に匍ふ蔓を引きつつ見たる空きはまりもなく紅かりしかな
夕月夜花びらよりも軽げなるしら波かかる岩をわれ行く
野分風焼けたる鉄のごときもの交りて花のいたいたしけれ
秋風や尼の姿に似寄りたる淋しき雲の舞へる夕ぐれ
線香が槍のやうなる灰のせてわれと対へる秋の雨の日
桔硬咲く襟つきにくき人のごと女姿の少年のごと
白雲の走りありけるあけがたに醜く慄ふ紐鶏頭よ
こほろぎや男女の文がらの多きが中に埋もれて聞く
天の川白き夜ぞらにかひな上げふれて涼しくなりし手のひら
秋風は家畜小屋より転び出で餌欲しと追ひぬ白き尾を振り
蓼噛みぬ若くめでたく死なんなどもの語めく心起れば
物思ふかたへに置くは桃色とみどりと黄金の翅したる鳥
新しく湧き上りたる恋のごと雁来紅の立つはめでたし
葉の白く光れる肉と見ゆるとき血の点となり椿はなさく
野の池の心もとなき皺に咲く薄あゐいろの水草の花
延次郎の幟なびかぬ南座はすさまじきかな円山のもと
わが横にいたくくづほれ歎くものありとこほろぎとりなして鳴く