和歌と俳句

與謝野晶子

栄華など見も知らざるにおぼつかな捨てんと神に子の誓ふかな

あぢきなき砂子の花と思ひつつ哀れになりぬ山女郎花

鈴虫を飼ふにふさへる美くしき子の少年のむらさきの帯

今日著れば夏より馴れし麻なれど秋の大気に触るるここちす

二三人しろき浴衣の人ありて月明のごとすずし山荘

八月の富士の雪解の水湛へ甲斐の谷村を走る川かな

をかしけれ浄衣のむれのあと踏みて下の吉田を歩めることも

いみじかる雲に向ひて船出する船津と覚ゆ川口の湖

見かへれば西湖の磯に寄る泡のほのかに白く続きたるかな

低き木の柵めく門の内側の精進ホテルの山百合の花

輿にして烏帽子が岳を逍遥す身につもりたる憂愁のはて

もろしてふ沙羅の花をば手にとればことわりのままくづれけるかな

朝山の清き雫のここちする擬宝珠の花のつづくきりぎし

奥山の毒うつぎとて女郎花萩桔梗よりあてなるが立つ

美くしき指紋の如く雪残る信濃の山の見ゆる路かな

本栖湖をかこめる山は静かにて烏帽子が岳に富士おろし吹く

本栖の湖地にしたたりし大空の藍の匂ひのかんばしきかな

空破れ富士燃ゆるとも本栖湖の青犯されず静かならまし

上なるは明るく山の底なるは青繻子色の四つのみづうみ

湖の烏帽子が岳の背にあるを青雲としてめでぬべきかな

富士川の白き腕は舞ふ雲と千草の底におぼれはててき

くれなゐの毒うつぎをば湖の小舟に置けば美くしきかな

ほととぎす樹海の波につつまれてうらやはらかく鳴ける黄昏

湖の一ところをば赤くして精進の村に灯のつきにけり

日落つるとともに不思議はかき消えて富士むら山の一つとなりぬ