月射すや投げたる網のひろがれるはかなきさまのあはれ東京
むさし野の野方の村を踏むと云ふことにはまして身に沁みし路
雨降るや丘低くして滑らかに畑林などつらなる武蔵
一ところ卯木は刈らず縛めし野方の畑の麦の中みち
むさしのの野方の路に雨降りぬ六月いまだ涼しきゆふベ
うすものはタンゴを踊る細腰に薔薇は真白きたなぞこに見ん
あてやかに白き扇の羽ばたけるたそがれ時の内房の縁
湯の街の暗き湯小屋に夕顔の湯浴みてあらばをかしからまし
なほ覚めぬ夢見給ふと見ゆるなり藤むらさきのうすものに由り
うすものや何処の王のかたはらへ行くや芝居の廊のいく人
焼跡の神田の町の病院のいと不思議なる朝ぼらけかな
焼土をすこしならせる病室の前に歪める煉瓦の炉かな
紫の揃ひの日傘もたらして友かへれども足立たぬかな
焼けし棕梠黒髪のごと光りつつ筆の形に立ちて雨降る
ニコライも既に廃墟となりぬれば鐘おとづれず病院町に
海のごと花を落せどなほ紅し太陽に似るめでたき椿
ある限り劣りて咲ける花も無しあさましきかな荘園の薔薇
荘園の薔薇を日ごとに送られてうらなつかしき冬ごもりかな
薔薇の花今や終の近づきて限りも知らず甘き香を吐く
山百合のあまたの蕾水晶のごとかがやける水上の岩
山の雨降りとどまれと甲斐の岸相模の岸にうぐひすぞ啼く
石の根の涼しき紺に身を置ける山の鶺鴒山百合の花
月見草うす墨色の山を負ひあはれなれども族多く居ぬ
雨降れば甲斐絹の機の絹糸のうるめる白に似るかつら川
灰色の川の続きにむら山の見え隠れして馬橋を行く