ひと本に思ひあまれる紅き花あまたつけたるアマリリスかな
恋すればわれも五彩の円光を負へる仏のここちこそすれ
金閣寺北山殿の林泉にいつ忍び入り咲ける野薔薇ぞ
大徳寺唐の格子のあひだより皐月の光させばめでたし
ほととぎす踏むにならはぬ白けたる京の御寺の簀子にて聞く
加茂川の夜の灯なんどは数ならず大極殿の柱めでたし
山よりも御所の木立の黒めるがなまめかしけれ西京の夏
故郷を雪ぐもりする一月の末に見捨てて海行かん君
なだれすれ雪に当てたる日の鑿のここちよげにも見ゆる昼かな
こちたかる丹塗の箱の後ろより蟷螂いでぬ役者のやうに
天の川いつ見え初めんあきつなど飛びかふ空の青き夕ぐれ
暑き日や煉瓦の塀の古りたるに忍草しげれる庭の北がは
七月の夜能の安宅みちのくへ判官おちて涼風ぞ吹く
冬の日の倒るる如く落ち行けば空虚に残る裸木と人
初秋や月光荘のおしろいとこころの通ふ夕ぐれの風
ひなげしを分けて出でこしめでたさも忘れ去るべき世のここちする
六月や長十郎と云ふ梨の並木に立ちて明きみちかな
時は午路の上には日かげちり畑の土にはひなげしのちる
温室に入ればメロンのかかりたり豊かなれども花に勝らず
丹の塔を五つの弁が護りたるこころも知らず南国の蘭
たぐひなくな忘れ草の日の澄めり頼むところの深きなるべし
丘の上雲母の色の江戸川の見ゆるあたりの一むらの罌粟
隙も無く円くしげりてアカシヤの華やかに立つ丘の路かな
白薔薇は真紅の薔薇に気上りしわれの涙に従ひておつ
知りがたきことを究めて薔薇の散り智慧に触れざる雛罌粟も散る