憎むにも妨げ多きここちしぬわりなき恋をしたるものかな
軽やかに手をさしのべぬ薄絹のごとくその身を思ふ舞姫
今ここに身も世も忘れ乗りぬべき玉の船来よあかつきの海
秋立てば雲の裂目に金光りわれの心は藍がちになる
夏の月薄らにかかり砂浜の貝の葉めきてなつかしきかな
自らを海に沈めるはてかとも思ふ皐月の長雨のころ
赤とんぼ蝋燭とんぼ飛びかひてあぢさゐの花清らに光る
自らの指の節など哀れとも見つつ思へり妬みの病
いみじかる毒つくるごと擦り流す朱の硯より悲み来る
あぢきなし心に尖のあることを君もおのれも知りぬこの頃
飛び出でて波の上より帰り来るおじけものなる浜のかはほり
春の風前をうち過ぎ日の出づと東の空を覗きにぞ行く
若き身の恋するやうに秋の雲動きも止まずほのかなれども
秋風にこすもすの立つ悲しけれ危き中のよろこびに似て
冬の空針もて彫りし絵のやうに星きらめきて風の声する
紫と寒き鼠の色を着て身をへりくだり老いぬなど云ふ
わが庭の窪に下りてのどかにも三月待つや天のしら雪
ものの木の枝のみ繁きここちするわが一月の山の手の街
はしけやしミサ礼拝に出でて行く男の子をば夏の風吹く
筆をもて黒雲または風の雲雨雲描かむ暑き日のそら
夕かげに銀の箔おくものと見し白罌粟の花くだけて散るを
浴みすとうすものを脱ぐ人のごと白罌粟見ゆれ落つる時にも
草の穂の黒きがなびく雨を見て山の恋しき夏の夕ぐれ
てのひらにさくらんぼ置き何となく后ごこちす夏はめでたし