和歌と俳句

與謝野晶子

玉虫をみちのく紙に置きたれば羽ばたきすなりもの云ふさまに

七月やうすおしろいをしたる風歩み来りぬ木の下行けば

朝がほは芝居のいろの紫も恋の心のくれなゐも咲く

白き梅かひなを伸しくろ髪を被ける君の如く今咲く

わが住める山の続きに神達のあるここちする元日の朝

わが庭はまださへづらぬ小鳥ども起居するなり元日にして

元朝のまだ暗くして柑子の香酒の香混り立つ家のうち

ものの音少し途絶えて元日の悲しきばかり静かなるかな

久方の水色の空背になして極楽鳥の舞へる秋かな

忘られていく年かへし心地しぬ白き芙蓉に向ひ居たれば

秋風の傍へに居るは唯一人われのみのごと涙の下る

ふと心めでたき鳥を飼ふとしぬ雁来紅の尺ばかりなる

日ぐらしの女めくこそ悲しけれ青桐の幹抱きしめて鳴く

あはれともあぢきなしとも恋しとも云ひたげなりやひるがほの花

ひるがほはかづらになりてなびくさへ人のここちす我のここちす

秋の風空のひまより吹くごとし髪の端さへ冷たかりけれ

いみじかる妬みも恋も作りけり若き心と身の熱をもて

富士白し及ばずとしてみどりなる磯草に消ゆ茅が崎の雪

雨降れば幽かに泣けりわがこころ蘆のたぐひか萱のたぐひか

こすもすよ強く立てよと云ひに行く女の子かな秋雨の中

地の上のものの総てを斬りきざむ白刃の如く秋雨ぞ降る

さめざめと皐月の尽くる雨降りて殯の庭に鐘の鳴るかな

橋の上街の土にも置かむ霜あやまりてわが心にぞ降る

雪白く駿河の山に降りたるを叩きに行くと風前を過ぐ