和歌と俳句

東京

牧水
初夏の 木木あをみゆく 東京を 見にのぼり来よ 海も凪ぎつらむ

牧水
あはれなる 女ひとりが 住むゆゑに この東京の さびしきことかな

牧水
われを見に くらき都会の そこ此処に 住み居る友が みなつどひ来る

晶子
東京は 地獄の火など 思はるる 明るき夏の 夜となりしかな

木がらしや東京の日のありどころ 龍之介

晶子
東京を少しくもれる夕月のあかりに覗くあまつかりがね

晶子
月射すや投げたる網のひろがれるはかなきさまのあはれ東京

松すぎや東京は風荒くして 亜浪

東京のこよひ花ちる啄木忌 青邨

茂吉
東京の空を飛行して こころ回帰す 地ふるひし日の 焔のみだれ

茂吉
電信隊 浄水池 女子大学 刑務所 射撃場 塹壕 赤羽の鉄橋 墨田川 品川湾

茂吉
上空より 東京を見れば 既にあやしき 人工の物質塊 Masseと謂はむか

吹雪つつあはれ東京に電車絶ゆ 秋櫻子

東京の上の冬雲襤褸のごと たかし

旧山河東京の辺の暑き夜に 波郷

東京の辺や蝸牛の角伸びて 波郷

東京の椎や欅や夏果てぬ 波郷

東京の鵙声高き帰還兵 波郷

東京に麦飯うまし秋の風 波郷

東京に出て日は西す鳰の岸 波郷

芽柳に焦都やはらぎそめむとす 青畝

茂吉
東北の 町よりわれは 歸り来て ああ東京の 秋の夜の月

茂吉
冬至すぎし ゆふぐれ毎に 黄色の くもりのしづむ 東京の空

茂吉
東京の 春ゆかむとして あらがねの せまきところに 麥そよぎけり

茂吉
梅の實の 小さきつぶら 朝々の 眼に入り来る 東京の夏

錆びし銀船晩夏の東京港にごる 草田男

東京の空には薄し天の川 虚子

東京は水の都のかすみかな 万太郎

歌舞伎座

歌舞伎座の絨毯踏みつ年忘 水巴

晶子
夕立のしぶき吹きこむ歌舞伎座の廊下に語る杵屋のおろく

迢空
をとめ子の 黒髪にほひ 顔よきに、声ほがらさの さびしき 役者

歌舞伎座のうしろに住みぬ冬の空 万太郎

歌舞伎座へ橋々かかり蚊喰鳥 青邨

初松魚ふれ来てこれぞ江戸芝居 秋櫻子

歌舞伎座は雨に灯流し春ゆく夜 久女

東京のまっただなかのかな 万太郎

輪かざりにさすが楽屋の行儀かな 万太郎

新橋演舞場

遅き妓は東をどりの出番とや 虚子

わが知れる東踊の老妓はも 青邨

春の日やおのずの身のこなし 万太郎

幕あきしけはひに牡丹くづれける 秋櫻子

日本橋

実や間口千金の通り町 芭蕉

越後屋に衣さく音や更衣 其角

夷講中にかかるや日本橋 許六

月かげや夜も水売る日本橋 一茶

日本橋や曙の富士初松魚 子規

晶子
元朝や馬に乗りたるここちしてわれは都の日本橋ゆく

の商人通る日本橋 みどり女

生れたる日本橋の雨月かな かな女

初秋の屋根を鳩とぶ日本橋 かな女

三越を歩き呆けや花氷 汀女

茂吉
日本橋 ひとり渡れど おのがじし ほかの人らも わたりて居るも

ゆく年の水にうつる灯ばかりかな 万太郎

明治座

アヴェマリア鐘鳴りいづる初芝居 秋櫻子

大見得に毛抜立つたるかな 秋櫻子

座の紋の梅も匂ふや初芝居 秋櫻子

拆の入りてひきしまる灯や初芝居 秋櫻子