和歌と俳句

齋藤茂吉

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わが孫も われもひと時 よろこべと 一月十日 雪ふぶきせり

いへごもり 吾は居りつつ 致し方なし はかなき歌も 大切にする

捕鯨船 とほく南氷洋に 行きたるが 今や歸らむ 時ちかづきぬ

辛うじて 不犯の生を 終はらむと したる明恵が まなかひに見ゆ

下仁田の 葱は樂しも 朝がれひ わが食ふ時に 食み終るべし

雪ふりし 次の日われは 家をいづ 太陽の光 まともにうけて

つくづくし 萌ゆる春べと 誰も率ず ひとり行きけむ 時しおもほゆ

金欲しと 日もすがら思ひ 夜もすがら 思ひしかども 罪のごときか

ためらはず 雪ふるさまが こころよし 一月十四日 ひるが過ぎても

蕗の薹 味噌汁に入れて 食はむとす 春のはじまりと わが言ひながら

をとめごの にほはむ時に 諸國も 栄えとほりぬ 人つ諸國

日本橋 ひとり渡れど おのがじし ほかの人らも わたりて居るも

見いでつる 石見のくにの 鴨山に はだらの雪が いま残るとぞ

いまさらに 他の往還 ゆかずして 銀座十字を 荷の馬とほる

わが庭の 梅の木に啼く うぐひすを はじめは籠の 中とおもひき

肉體が やうやくたゆく なりきたり 春の逝くらむ あわただしさよ

青梅の 空しく落つる つかさには 蟻のいとなむ 穴十ばかり

一顆の 栗柿にても わが胃にて こなれぬれば 紅の血しほになる

孫太郎蟲の成虫を捕へ来て 一日見て居り われと次男と

友ら皆 心きほひて 集ふとき 永久に残らむ 象徴もあれ