和歌と俳句

齋藤茂吉

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わがために 夜の汽車にて もて来たる 秋田の山の 蕨し好しも

二たびは 見ることなけむ みちのくの 田澤の湖を わが戀ひわたる

夏に入る さきがけとして 梅の實が 黄いろになりて 此處に竝びき

わが孫の をさなご二人 めさむれば それより先きに 雨ふりてゐる

さみだれの 降るわが庭に 蛙鳴く 嘗て田井中 なりしわが庭

もやもやし 吹きくる風に わが身ぬち 溶けむばかりに なりか行くらむ

ふるひ立ち つとむる時に わが心 神とひとしく 澄みゆかむとす

代田なる 八幡宮の 境内に われは来りて まどろみゐたり

樫の枝の わか葉の色を なつかしみ わがまぢかくに 置きつつぞ居る

ほのぼのと 香をかぐはしみ みちのくの 金瓶村より 笹巻とどく

わが庭に 啼ける蛙を 聞くときぞ 夜はやうやくに 更けゆくらしき

蒸しあつき 夜となりつつ うつせみの わが體こそ あやしかりけれ

午前より 鳴きはじめたる 蝉のこゑ われは一とき 戀ひつつぞゐる

わが庭に うまれいでたる 蝉の聲 去年ききしより あはれにきこゆ

老いづきて わが居る時に 蝉のこゑ われの身ぬちを 透りて行きぬ

畳の上 あるきゆく 赤蟻を 一つぶしにつぶす あはれなれども

おもひきり 梅雨のときが めぐり来て しぶき降る雨 この二階まで

櫻桃の 品よきものが 選ばれて 山形縣より 送り来りぬ

ここにして 東京會談の 餘韻をば 考ふる餘地 老いてわれになし

日本は わが生れし國 しかれども その色彩も すでに淡しも