和歌と俳句

齋藤茂吉

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黒きいとど

ふり灑ぐ あまつひかりに 目の見えぬ 黒きいとどを 追ひつめにけり

秋づける 丘の畑くまに 音たえて 昼のいとどは かくろひいそぐ

あかねさす 昼のこほろぎ おどろきて かくろひ行くを 見むとわがせし

まんじゆ沙華 さけるを見つつ 心さへ つかれてをかの 畑こえにけり

折にふれ

をさな妻 あやぶみまもる 心さへ 今ははかなく なりにけるかも

どんよりと 歩みきたりし 後へより 鐵のにほひ ながれ来にけり

いきどほろしき この身もつひに 黙しつつ 入日のなかに 無花果を食む

ぬば玉の 黒き河豚の子 なびき藻に 少女の如く ひそみたりけり

うつし身の わが荒魂も 一いろに 悲しみにつつ 潮間をあゆむ

河豚の子を にぎりつぶして 潮もぐり 悲しき息を こらす吾はや

野中

たかだかと 乾草ぐるま 竝びたり 乾くさの香を 欲しけるかも

太陽の ひかり散りたり わが命 たじろがめやも 野中に立ちて

くろぐろと 晝のこほろぎ 飛び跳ねて われは涙を 落すなりけり

あしびきの 山より下る 水たぎち 二たびここに 相見つるかも

海岸に くやしき息を 漏したり 常ならぬかなや 荒磯潮間

乾草

きなぐさき あまつひかりに 漏れとほり 原のくぼみを あれひとりゆく

ふりそそぐ 秋のひかりに 乾くさの こらへかねたる にほひのぼれり

ひたぶるに トマト畑を 飛びこゆる われの心の いきどほろしも

いちはやく 湧くにやあらむ この身さへ 懺悔の心 わくにやあらむ

くろがねの 黒きひかりを おもひつつ 乾くさのへに 目をつむり居り