和歌と俳句

齋藤茂吉

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折にふれ

目のまへの 電燈の球を 見つめたり 球ふるひつつ 地震ゆりかへる

夜の床に 笑ひころげてゐる女 わがとほれども かかはりもなし

馬子ねむり 馬は佇む 六月の 上富坂を つかれてくだる

たらたらと 額より垂る 汗ふきて 大きいのちも つひに思はず

雉子

おたまじやくし こんこんとして 聚合れる 暁森の 水のべに立つ

宿直して さびしく醒めし 目のもとに 黒きかへるご 寄りてうごかず

朝みづに かたまりひそむ かへるごを 掻きみだせども 慰みがたし

こらへゐし 我のまなこに 涙たまる 一つの息の 朝雉のこゑ

尊とかりけり このよの 暁に 雉子ひといきに 悔しみ啼けり

寂しき夏

真夏日の ひかり澄み果てし 浅茅原に そよぎの音の きこえけるかも

まかがよふ 浅茅が原の ふかき晝 むかうの土に 豚はねむりぬ

みじろがぬ われの體中は 息づけり 浅茅の原の 眞晝まのてり

停電の 街を歩きて 久しかり 汗ふきをれば 街の音さびし

墓地かげに 機関銃のおと けたたまし すなはち我は 汁のみにけり

漆の木

たらたらと 漆の木より 漆垂り ものいふは憂き 夏さりにけり

ぎばうしゆに 愛しき小花 むれ咲きて 白日光に 照らされ居たり

いそがしく 夜の廻診を をはり来て 狂人もりは 蚊帳を吊るなり

のびのびと 蚊帳なかに居て わが體 すこし痩せぬと 獨言いへり

履のおと 宿直室の まへ過ぎて とほくかすかに なるを聞きつつ

しんとして 直立厚葉 ひかりたる あまりりすの鉢に 油蟲のぼる

ぬけいでし 太青茎の 茎の秀に ふくれきりたる 花あまりりす

あまりりす 鉢の土より 直立ちて 厚葉かぐろく この朝ひかる