和歌と俳句

齋藤茂吉

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11

百日紅

われ起きて あはれといひぬ とどろける 疾風のなかに 蝉は鳴かざり

家鴨らに 食み残されし ダアリアは 暴風の中に 伏しにけるかも

はつはつに 咲きふふみつつ あしびきの 暴風にゆるる 百日紅の花

油蝉 いま鳴きにけり 大かぜの なごりの著るき 百日紅のはな

向日葵は 諸伏しゐたり ひた吹きに 疾風ふき過ぎし 方にむかひて

遊光

ふくらめる 陸稲ばたけに 人はゐず あめなるや日の ひかり澄みつつ

空をかぎり まろくひろごれる 青畑を いそぎてのぼる 人ひとり見ゆ

ありがたや 玉蜀黍の實の もろもろも みな紅毛を いただきにけり

あかあかと 南瓜ころがり ゐたりけり むかうの道を 農夫はかへる

ゆふづくと 南瓜ばたけに 漂へる あかき遊光に 礙あらずも

あかあかと 土に埋まる 大日の なかにひと見ゆ 鍬をかつぎて

眞日おつる 陸稲ばたけの 向うにも ひとりさびしく 農夫かがめり

海濱守命

ゆふぐれの 海の浅處に ぬばたまの 黒牛疲れて 洗はれにけり

にちりんは 白くちひさし 海中に 浮びて聲なき 童子のあたま

妻とふたり 命まもりて 海つべに 直つつましく 魚くひにけり

さんごじゆの 大樹のうへを 行く鴉 南なぎさに 低くなりつも

みづゆけば 根白高萱 かやむらは 濡れつつ蟹を 寝しむるところ

しろがねの 雨わたつみに 輝りけむり 漕ぎたみ遠き ふたり舟びと

海岸に ひとりの童子 泣きにけり たらちねの母 いづくを来らむ