和歌と俳句

齋藤茂吉

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初学者の ごとき形に たちもどり ニツスル染色法を はじめつ

僧侶ひとり ルツクサツクを 負ひて行く 民顕の市の 街上にして

新しき 方向の絵画 来て見たり neusachliche Malereei と謂へり

この教室に 外国人研究者 五人居り われよりも皆 初学者のごとし

大馬の 耳を赤布に 包みなどして 麦酒の樽を 高々はこぶ

維也納より 来りて直ぐに 気づきたり この市の自転車 甚だ多きを

バヴアリアの 峡の農民に 東洋の 種族に似たる 顔いくらもあり

バヴアリアは 山高けれや 雷のあめ 業房の窓を ふるはせ降りぬ

Ethosといふ 野菜食店に 来て見るに 吾等にはさして 感動もなし

大戦後 はじめて開く 学会に まだいたく若き 学者も来て居る

ベルリンに 吾居るうちに 一ポンド 五ミルリオンより 十四ミルリオンとなる

赤き色したる刺身を食ひながら 「同胞の哄笑」といふを聞き居り

嘗て見し レムブラントを 見に来り 我が体豊けく 何とも言へず

この首都に 十日余りゐて Valuta-Materialismusu といふ語を おぼえて帰る

大きなる 動きを秘めて この首都は 悲しき眼光を われにも与ふ

「小脳の発育制止」の問題を 吾に与へて おほどかにいます

山ちかき ゆゑとおもへば こころよし いきほふ水に 魚群がるを

この都市の われ著きしより 一月は はやくも過ぎて 部屋定まらず

夜ごとに 床蝨のため 苦しみて いまだ居るべき わが部屋もなし

いつしかも 時のうつりと 街路樹が 青きながらに 落葉するころ

アララギの 友のひとりの 事につき 通信ありて ものをしぞおもふ

こよひも 安らかに床に 入るらむとして 吾足をつくづくと 見る時のあり

Hillenbrand媼の飼へる カナリアは 十五になりて 吾に親しも

街頭を 石炭車ひきてゆく をとめの にほへる面わ つひに忘れむ

バヴアリアの 果物は好し けふもまた 李を買ひて 机にならぶ

業房に 日毎に過ぎむ 吾なれど 政治漫画も 時に楽しも