山の間に 立ちし虹さへ 七色に かきてありけり 我が穉きは
しらじらと 雪の降れるを 起きいでて 見むともせざる 吾疲れけむ
騒動の 町に起臥して ありしかば 故郷のことも 暫し忘れき
寒きちまた 帰りてぞ来る 東京の 地震のさまに おののきながら
うれし涙 われの眼に たまりたり 広野三郎 高田浪吉
ふたりとも 此世になしと 歎きしが 高田も広野も 生きてゐしはや
ゆくりなく 屈みても見つ 冬がれし 路傍の草に 霜かそけきを
本所の 被服廟あとの 悲劇をも 記してありぬ 夢ならなくに
またたくまも 定まらぬ金位 ききながら 兎の脳の 切片染めつ
あまぎらし 雪は降れれど 忙しく 銀行に来ぬ きのふもけふも
学者等の 並びてゐたる 学会に 我も来居りて 心たかぶる
クレペリーン 「眠の深さ」についての 報告をなしたり 嘗ての増補をも為き
ふるさとの 平福画伯よりの はげましの 便りの読みて われ泣かむとす
金のことも 願ひて手紙 書きにけり 業房に明暮るる 心きめつつ
二年さしし 洋傘のやぶれ つくろひて 苦しかりし思出も ここにまつはる
四人寄りて 将棋を差しぬ この楽しき一日が暮れて 飯を食したり
寺院楽の 合唱ききぬ いそがしき 僅かのいとま 吾も楽しむ
さかんなる 行進を見ぬ 少年の数隊もその中にまじりて
浅草に 行きつつゐたる 心地にて この俗謡を 一夜たのしむ
これまでに 種々世話に なりたるが 今日よりは住処を ここと定むる
大雪と なりたつけふを いささかの ゆとりがありて 日は暮れむとす
素朴なる 女のうたごゑは 山間の村に聞くべき あはれならむか
小脳の 今までの検索を 放棄せよと 教授は単純に 吾にいひたる
業房の 難渋をまた 繰返し くらがりに来て 心を静む
六人の 日本人が あつまりて 鋤焼を食ふ 平凡なれども
Frauenkircheの 夜の更くるなべ 楽の音いよよ さえまさるなり
歓喜を もろともにして 白雪は Frauenkircheの うへに降りつむ