和歌と俳句

齋藤茂吉

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われひとり Starnberg 湖の 雪道あゆむ 雪照りかへす

みづうみの かなたに見ゆる 山々は 一山晴れて 一山くもる

往にし日の Gudden先生の 悲しきを 弔らふ心 湧きて割れ来つ

あまつ日の やうやく低く なるなべに 黄なる光は 雪をてらせり

レムブラントの Sylviusの像を 今日も見て 歳暮の一日 心は和ぎぬ

この日ドイツ新聞報じて 日本の faschistischの 傾向に及びき

古代画に 較ぶるときに 物足らず 例へばレンバツハの 肖像画にても

べエートウフエンの 第九シユンフオニイは 荘厳に をはりて行きぬ 今宵のゆとりよ

雪ふみて 南方墓地に シーボルトの 墓をたづねぬ 雪ふりみだる

一とせの 悲喜こもごもを 過去として 葡萄の酒を 今こそは飲め

新しき 第一の瞬時 いはひて抜く 10ビルリオンの 白葡萄酒の栓

欧羅巴に わたりて 第三回の この新年を 静かならしめ

湯たんぽを 机の下に 置きながら けふの午前を しづかに籠る

街上に 雪を掃除する 人等居り 急流のなかに 忽ち雪棄つ

日本飯を けふも食ひたり おごりには あらぬ倹約と このごろおもふ

将棋さす 心のいとま おのづから 出で来しことを 神に忝なむ

雪つもる 南方墓地に シーボルトの 子の墓たづね けふも吾ゆく

小脳の 研究問題も いさぎよく 放棄することに 心さだめつ

鼻のさき びりびりと痛く なるまでに 寒きミユンヘンを 友に告げむか

納豆を つくるといひて 夜も起きゐる 留学生の 心ともしも

新しき テーマに入りて 心きほひ 二匹の兎 たちまち手術す

シーボルト関係の日本物 見むとして カンテラの火を ともして行くも

今とどきし 日本のくにの 新聞の 地震の記事は 胸いたましむ

樹の枝に 氷花さく 寒さをも いとふことなし 心きほひて

屋根裏に 住む夫妻もの 宵毎に ギタをかなでて あはれにうたふ

やうやくに 金貨マルクと 定まりて 心みだれず ならむとすらむ