和歌と俳句

齋藤茂吉

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宿直の日

狂院の うらの畑の 玉キヤベツ 豚のこどもは 越えがたきかな

むらがりて 豚の子走る 畑みちに すでに衰ふる 黄いろの日のひかり

むらぎもの みだれし心 澄みゆかむ 豚の子を道に いぢめ居たれば

みちたらはざる 心をもちて 湯のたぎり 見つめけるかな 宿直をしつつ

一本道

あかあかと 一本の道 とほりたり たまきはる我が 命なりけり

かがやける ひとすぢの道 遙けくて かうかうと風は 吹きゆきにけり

野のなかに かがやきて一本の 道は見ゆ ここに命を おとしかねつも

はるばると 一すぢのみち 見はるかす 我は女犯を おもはざりけり

我はこころ 極まりて来し 日に照りて 一筋みちの とほるは何ぞも

こころむなしく ここに来れり あはれあはれ 土の窪に くまなき光

秋づける 代々木の原の 日のにほひ 馬は遠くも なりにけるかも

かなしみて 心和ぎ来ぬ えにしあり 通りすがひし 農夫妻はや

お茶の水

まかがよふ ひかりたむろに 蜻蛉らが ほしいままなる 飛のさやけさ

あか蜻蛉 むらがり飛ぶよ 入つ日の 光につるみ みだれて来もよ

水のへの 光たむろに 小蜻蛉は ひたぶるにして 飛びやまずけり

くれなゐの 蜻蛉ひかりて 飛びみだる うづまきを見れど いまだ飽かずも

お茶の水を 渡らむとして 蜻蛉らの ざつくばらんの飛のおこなひ 見つつかなしむ