和歌と俳句

齋藤茂吉

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こがらし

あしびきの 山こがらしの 行く寒さ 鴉のこゑは いよよ遠しも

高原に くたびれ居れば 山脈は 雪にひかりつつ あはれ見え来

はざまなる 杉の大樹の 下闇に ゆふこがらしは 葉おとしやまず

時雨ふる 冬山かげの 湯のけむり 香に立ち来り ねむりがたしも

あしびきの 山のはざまに 幽かなる 馬うづまりて 霧たちのぼる

棺のまへに 蝋の火をつぐ 夜さむく 一番どりは 鳴きそめにけり

山形の 市にひとむれて さやげども まじはらむ心 われもたなくに

むらぎもの 心もしまし 落ゐたり 落葉がうへを 黒猫はしる

冬の山 近づく午後の 日のひかり 干栗の上に 蠅ならびけり

ぢりぢりと ゐろりに燃ゆる 楢の樹の 太根はつひに けむり擧げつも

おほははの つひの命に あはずして 霜深き國に 二夜ねむりぬ

せまりくる 寒さに堪へて 冬山の 山ひだにいま 陽の照るを見つ

きのこ汁 くひつつおもふ 祖母の 乳房にすがりて 我はねむりぬ

稚なくて ありし日のごと 吊柿に 陽はあはあはと 差しゐたるかも

あら土の 霜の解けゆくは あはれなり 稚きときも 我は見にしが

ふるさとに 歸りてくれば 庭隈の 鋸屑の上にも 霜ふりにけり

夕されば 稲かり終へし 田のおもに 物の音こそ なかりけるかも

道の霜

山峡に ありのままなる 道の きえゆくらむか このしづけさに

つくづつと あかつきに踏む 道の霜 きぞのよるふかく 降りにけるかも

山こえて 山がひにゆく 道の霜 おのづからなる 凝りの寒けさ

山がひの あかつきの道 いそがねど 照る坂を われ越えにけり

たか原に 澄みとほりたる 湖を はるかに見つつ 峡間に入らむ

あしびきの 山よりいでて とどろける 湯ずゑのけむり なづみて上らず

炭竃を のぞきて我は あかあかと 照り透りたる 炭木を見たり

おほははの み霊のまへに 香つぎて 穉兒なりし 我をおもへり

この身はも かへらざらめや おほははを 火炎に葬り 七夜を経たり