和歌と俳句

齋藤茂吉

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夜の雪

街かげの 原にこほれる 夜の雪 ふみゆく我の 咳ひびきけり

原のうへに 降りて冴えたる 雪を吹く 夜かぜの寒さ 居るものもなし

さ夜なかと 夜はふけにけり 冴えこほる 雪吹く風の おとの寂しさ

こほりたる 泥のうへ行く わがあゆみ 風邪のなごりの 身にしひびけり

雑歌

三宅坂を われはくだれり 嘶かぬ 裸馬もひとつ 寂しくくだる

冬の日は 照り天傳ふ ひたぶるに 坂のぼる黒馬の 汗のちるかも

きさらぎの 三月にむかふ 空きよし 銀座つむじに 塵たちのぼる

長塚節一周忌

うつうつと 眠りにしづみ 醒めしとき かい細る身の せつなかりけむ

しらぬひの 筑紫のはまの 夜さむく 命かなしと しはぶきにけり

あつまりて 酒は飲むとも 悲しかる 生のながれを 思はざらむや

つくづくと 憂にこもる 人あらむ このきさらぎの 白梅の花

君が息 たえて筑紫に 焼かれしと 聞きけむ去年の こよひおもほゆ

春泥

きさらぎの ちまたの泥に おもおもと 石灰ぐるま 行くさへさびし

歩兵隊 泥ふみすすむ はやあしの つらなめて踏む 足なみの音

きさらぎの 雪消の泥の ただよへる 街の十字に 人つどひけり

あかひらく 昼の光の さしながら 衢の泥に 見ゆる足あと

馬ひとつ 走りひびきて 来るまの 墓石店まへに 泥はねかへる

市路には 泥をあつむる 人をりて 腰を延したり われはなげくも

泥ただよ 十字に電車 とまれども しきりて去るに 感ずるさびしさ

きさらぎの ちまたの泥に 佇立める 馬の両眼は またたきにけり