和歌と俳句

齋藤茂吉

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寂土

小野の土に かぎろひ立てり 眞日あかく 天づたふこそ 寂しかりけれ

うつしみは 悲しきものか 一つ樹を ひたに寂しく 思ひけるかも

人ごみの なかに入りつつ 暫しくは 眼を閉ぢむ このしづかさや

寂しかる 命にむかふ 土の香の 生は無しとぞ 我は思はなくに

あなあはれ 寂しき人ゐ 浅草の くらき小路に マツチ擦りたり

現身は 現身ゆゑに こころの痛からむ 朝けより降れる この春雨

途中にて 電車をくだる ひしひしと 遣らふ方なき 懺悔をもちて

雨蛙

あまがへる 鳴きこそいづれ 照りとほる 五月の小野の きなかより

かいかいと 五月野に 鳴きいづる 晝蛙こそ あはれなりしか

五月野の きにほひの 照るひまや 歎けば人ぞ 幽かなりける

五月野の 草のなみだち しづまりて 光照りしが あまがへる鳴く

五月の陽 てれる草野に うらがなし ひとつ 鳴きいでにけり

さつき野の 草のひかりに 鳴く蛙 こころがなしく 空にひびけり

がへる ひかりのなかに なくこゑの ひびき徹りて 草野かなしき

あをあをと 五月の眞日の 照りかへる 草野たまゆら 蛙音にいづ

五月野

五月野の 浅茅をてらす 日のひかり 人こそ見えね がへる鳴く

行きずりに 聞くとふものか 五月野の がへるこそ かなしかりけれ

さびしさに 堪ふるといはば たはやすし 命みじかし がへるのこゑ

晝の野に こもりて鳴ける  ほがらにとほる こゑのさびしさ

くやしさに 人なげくとき 野のさ あまがへるこそ 鳴きやみにけれ

命ある ものの悲しき 眞晝間の 五月の草に 雨蛙鳴く