和歌と俳句

齋藤茂吉

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日暈

をさなごは 畳のうへに 立ちて居り この穉兒は 立ちそめにけり

いちじろく あらはれし大き 日暈は くもりいよいよ ふかく消につつ

みなみかぜ 空吹くなべに あまつ日を めぐりて立てる のいろかも

うすじめる 書もちいだし さ庭べの 隅のひかりに 書なめて干す

くもりぞら 電柱のいただきに ともりたる 光は赤く 晝すぎにけり

漫吟

をさなごは つひに歩めり さ庭べの 土ふましめて かなしむわれは

みちのくの 病みふす友に 書かくと しばし心を 落つけにけり

墓はらを 徒歩兵隊の 越えゆきて しばらく人の 見えぬさびしさ

目のさきの 甍のうへを 跳ねあゆむ 鴉をみれば 大きかるかも

晩夏

ひにけに あわただしさの つのりきて 晩夏の街を われは急げり

馬追は 庭に来啼けり 心ぐし 溜りし為事 いまだはたさず

電燈の 光とどかぬ 宵やみの ひくき空より はとびて来つ

ものさびしく 室に居りつつ みちのくの 温泉街の 弟おもへり

晩夏の 月あかき夜に 墓地あひの 細きとほりを 行きて歸るも

日日

いらだたしもよ 朝の電車に 乗りあへる ひとのことごと 罪なきごとし

晩夏のひかり しみ入れり 目のまへの 石垣面の しろき大石

跳ねてこし 黒きこほろぎ ひとめみぬ 時の間もあらめ はじきとばせり

うらさびしき 女にあひて 手の甲の 静脈まもる 朝のひととき

おもおもと 曇りて暑き 坂下に 竝みてたたずむ 鐡はこぶうま

兵営の ねむりの喇叭 しとしとと 降り居る雨の なかよりきこゆ

汗ばみて 室にすわれり 一しきり 墓地下とほく 電車きこえぬ