和歌と俳句

齋藤茂吉

11 12 13 14 15 16 17 18 19 20

節忌

おもかげに 立ちくる君も 今日今夜 おぼろなるかなや 時ゆくらむか

心づまの 寫眞を秘めて きさらぎの あかつきがたに 死にし君はや

まをとめを かなしといひて 風さむき 筑紫の濱に 君死しにけり

まながひに 立ちくる君が おもかげの たまゆらにして 消ゆるさびしさ

息たえて 炎に焼けし ものながら まもりて歸る 汽車のとどろき

赤き火に 焼けのこりたる 君の骨 はるばる帰る 父母の国に

息ありて のこれる我等 けふつどひ 君がかなしき いのち偲びつ

蹄のあと

をさなごを 心にもちて 歸りくる 初冬のちまた 夕さりにけり

かわききりたる 直土に 氷に凝る ひとむら雪を をさなごも見よ

秩父かぜ おろしてきたる 街上を 牛とほり居り 見すぐしがたし

七とせの 勤務をやめて 街ゆかず 独りこもれば 昼さへねむし

ひさびさに 外にいづれば 泥こほり 蹄のあとも 心ひきたり

をさなごの 頬のしもやけを あはれみて また見にぞ来し をさな両頬

春光

春の陽は 空よりわたる ひとりゐて 心寂しめば くらきがごとし

ひむがしの 空よりつたふ 春の日の 白き光にも 馴れし寂しさ

萱草を 見ればうつくし はつはつに 芽ぐみそめたる この小草あはれ

をさなごは 眠りてゐたり しまらくは ねむれとおもふ わがひたごころ

三月三十日

もの戀しく 家をいでたり しづかなる けふ朝空の ひむがし曇る

赤坂の 見付を行きつ 目のまへに 森こそせまれ ゆらぐ朝森

馬なめて とどろとゆかす 大王の 御行をまもる のびあがりつつ

病む友の 枕べに来ぬ よみがへる いきどほろしき 心にあらず

このゆふべ 砲工廠の ひとすみに くれなゐの旗 ひるがへるなり